角川財団学芸賞

  • 2022.01.12更新
    第19回 選考結果について
角川財団学芸賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第12回角川財団学芸賞受賞
『永続敗戦論―戦後日本の核心』(太田出版刊)
白井 聡
【受賞者略歴】
白井 聡(しらい さとし)
1977年、東京都生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。日本学術振興会特別研究員、多摩美術大学等非常勤講師を経て、現在文化学園大学助教。2015年度より京都精華大学人文学部専任講師。著書に、『未完のレーニン――〈力〉の思想を読む』(講談社、2007年)、『「物質」の蜂起をめざして――レーニン、〈力〉の思想』(作品社、2010年)ほか。

受賞のことば

白井 聡

 角川財団学芸賞という名誉を授けられることとなり、学恩を受けた先生方への感謝の気持ちで一杯です。『永続敗戦論』は、戦後日本が抱え込んでしまったゆがみを摘出する試みです。3.11の原発事故は、厳しい事実を私たちに突きつけました。すなわち、「あの戦争」への真摯な反省と悔恨によって今日の日本は形づくられてきたという歴史意識は真実を覆い隠す虚構であり、私たちは本当は何も反省などせず、変われもしなかったのではないか。そしてそれゆえ、あの負け戦は、いまなお続いているのではないか。あの三○○万にも上る犠牲者たちの無念は、行き場もなく彷徨っているのではないか。
 この国と社会を絞め上げている複雑なねじれは、「対米従属」という一語ではとても語り尽くせず、永続敗戦体制の利益共同体は極めて強固です。しかしながら、いま多くの人々が気づきつつあります。どれほど困難であろうと、誤魔化しによって生き延びた者たちの後継ぎから、私たち自身の歴史と現在を取り返さなければならないということを、そしてそれだけが日本民衆の未来を拓く途であることを。私の著述が、私たちが自らの真の姿と歩むべき進路を探し出すために僅かであれ貢献できるならば、これに勝る喜びはありません。

選評

「若武者のごとく既成の権威に立ち向かっていく作品」佐藤 優

 実に熱のこもった選考会だった。
 まず、一作ごとに徹底した議論が行われた。最終候補に残った作品だけあって、どの作品もていねいに書かれている。どの作品にも受賞する力がある。
 そこで、選考会に初めて加わった私が、「いったい角川財団学芸賞は、どのような作品を顕彰することを想定しているのか。他の賞との違いがどこにあるのか」とそもそも論の質問をした。ある委員が、笑いながら「毎回そのことが問題になる」と答えた。議論した結果、学術的な裏付けを持っていると同時に現実に何らかの影響を与える力を持つ作品を顕彰するというコンセンサスができた。ある委員から、「若武者のごとく既成の権威に立ち向かっていく作品がいい」と声が上がると、別の委員が「要するに『尖った』作品をあえて選べということですね」とまぜっかえし、この方向性で、再度、各作品について議論が交わされた。
 その結果、旧講座派型の下剋上史観に果敢に挑戦する呉座勇一氏の『戦争の日本中世史――「下剋上」は本当にあったのか』(新潮社刊)と、敗戦という現実を認めないが故に米国に対しては隷属・追従しながら、アジア諸国には夜郎自大な歴史修正主義的態度を露骨に示す現下日本の政治エリートに対する鋭い批判を放つ白井聡氏の『永続敗戦論――戦後日本の核心』(太田出版刊)が最終候補に残った。
 議論がだいぶ煮詰まったところで、ある委員が、「過去に二作受賞はありますか」と尋ね、事務局から「稀ですがあります」という返事が返ってきた。すると別の委員も「呉座勇一氏、白井聡氏の次作以後の意欲的な作品を期待する意味も込めて、二作受賞にしましょう」と言い、全員一致でこの二作品に賞を受けてもらうことが決まった。
 選考会の過程で、出版文化の振興という観点から、著者だけでなく、版元と担当編集者も受賞対象者に含めるべきではないかという問題提起がなされた。私は前向きに検討すべきと思う。


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