角川財団学芸賞

  • 2022.01.12更新
    第19回 選考結果について
角川財団学芸賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第13回角川財団学芸賞受賞
『折口信夫』(講談社刊)
安藤礼二
【受賞者略歴】
安藤礼二(あんどう れいじ)
1967年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に編集者として勤務。2002年、「神々の闘争―折口信夫論」が群像新人文学賞優秀作に選ばれ、文芸評論家として活動をはじめる。現在、多摩美術大学美術学部准教授。著書に『神々の闘争 折口信夫論』(講談社、2004年/第56回芸術選奨新人賞)、『光の曼陀羅 日本文学論』(同、2008年/第3回大江健三郎賞/第20回伊藤整文学賞)ほか。

受賞のことば

安藤礼二

 今回の受賞を大変光栄に思います。また、いくつもの縁の重なり合いに深い感銘を受けております。
 私は角川文庫で読書の悦びに目覚めました。江戸川乱歩や横溝正史の世界に熱中し、吉本隆明の『共同幻想論』にはかり知れない衝撃を受けました。澁澤龍彥や中井英夫という名前をはじめて知ったのも、乱歩の著作の巻末に付された見事な解説からでした。なぜだったのか、現在であればよく分かります。角川書店の創立者である角川源義氏こそ、折口信夫の教えを受け、その教えを出版文化として大成した人物だったからです。
 折口は研究と創作の間に垣根を設けませんでした。通常の生活と特別な祝祭、つまりハレとケの時空を通じて遠い昔から人々の間に育まれてきた叡知を、研究者の独占物にするのではなく、現代的かつ創造的な表現として広く人々の間に解き放ちました。学問の危機が叫ばれ、出版文化の衰退が歎かれるいまこの時、折口信夫を主題とした書物によって角川源義氏の遺志を継ぐ財団の賞を授けられたことは、偶然ではないと感じております。今後も精進していきたいと思っています。

選評

「折口信夫の全貌に向かった大著」  松岡正剛

 学芸の成果には、当該領域をめぐる研究史の空隙を埋めたり、隣接領域を十全に汲み上げて検証してみせたり、新たな視点による歴史や思想の解釈の変更をもたらすことが求められることが多いのだが、民間の学芸賞の役割はそこにとどまらないと、われわれは考えてきた。しかもこの学芸賞は「一冊の書物」に与えられるものなので、著者の継続的な研究成果とはいったん切り離されて評価されるという面をもっている。
 今回の選考対象となったのは、破天荒な江戸の講釈師を巷間の出来事とともに追った斎田作楽の『狂講 深井志道軒』、日韓併合のもとで準皇族扱いとなった大韓帝国の皇帝一族の処遇とその後をつぶさに検証した新城道彦の『朝鮮王公族』、未知の資料を発掘しつつ折口の思想像の全貌解明に向かった安藤礼二の『折口信夫』、戦前昭和の論壇と文芸の批評の実態をメディア側から解きほぐした大澤聡の『批評メディア論』、沖縄問題を日米両方の陥穽を突いて闘争にもちこんだ各種の社会運動を照射した大野光明の『沖縄闘争の時代1960/70』だったのだが、なかで「一冊の書物」として傑出していたのは安藤のものだった。
 安藤にはすでに『神々の闘争』以来の折口研究の実績があるが、『折口信夫』はそれらの先行成果に頼ることなく、折口における「乞食・天皇・神」が何であったのかを大きく問うものとなった。われわれはそこを評価した。
 その問いは若き日に折口が出会った藤無染(ふじむぜん)と本荘幽蘭(ほんじょうゆうらん)という男女から始まって、釈迢空に変じた「零時日記」の意図をへて、しだいにミコトモチ・マレビト・ホカヒビトに託した折口の思索にひそむ観念像の解明に向かい、ムスビの思想がもたらす決着に何が待っていたかを明かしていく。
 これが折口学の決定版であるとはなお確定できないものの、この一冊がもたらす照射力は群を抜くものだろうと思われた。委員全員の満場一致の結論だった。


受賞者一覧に戻る