角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第10回角川源義賞 国文学受賞
『角筆文獻の國語學的研究』(汲古書院刊)
小林芳規
【受賞者略歴】
小林芳規(こばやし よしのり)
1929年、山梨県甲府市生まれ。東京文理科大学国語学国文学科卒業。東洋大学文学部専任講師・助教授を経て、広島大学文学部教授。文学博士。著書に、『平安鎌倉時代に於ける漢籍訓読の国語史的研究』(東京大学出版会)、『神田本白氏文集の研究』(共著、勉誠社)など。

受賞のことば

小林芳規

 思いがけなく栄えある賞を賜りまして、誠に有難く存じます。御審査に当られた選考委員の先生方を始め、御推薦下さった方々の御高慮に厚く御礼申上げます。二十数年前、偶々知った凹みの文字に取り憑かれて、文献調査の都度注意して調べているうちに、関係者の協力もあって、今日まで二百点の角筆文献を見出すことになりました。その言葉の性格を考え、国語史料として生かすことを試み、併せて源流や影響について知り得たことを書き留めておきたいという願いが、このような高い評価を賜ることになって、嬉しく存じます。まだ入口に立ったに過ぎません。この受賞を励みとさせて頂き、新分野の発展に努めたいと存じます。

選評

『角筆文獻の國語學的研究』吉川泰雄

 国語史研究の立場より多年古点本調査に携わる著者こそは角筆点本なるものの発見者であり、墨朱白の従来知られていた点本の再調査分を含む、九世紀初頭以降の各種角筆文献が著者を中心に続々と発見せられつゝある。臨時に角牙・竹木の尖端を似て凹圧せられた物である為従前看過を被っていた不鮮明、無色の点画を著者は熟達善く識認せられている。著者には角筆点に就いて既に論及多篇、特定資料詳考の著述も有るが、研究篇・影印資料篇より成る此の大著は国語学的研究を基幹に、趨く所角筆に関わる物事全貌を初めて明かにした。先ず和文作品所見の、贈るに和歌を角筆で認めた事や、寮試に本文の爪じるしを残らず読み遂げた事の記文を紹介する。角筆点本を角点単一の物、角、毛筆点を混ずる物、角点の頭に毛筆を重ねた物に分類し、所記を点検する。角筆使用の下限は晚期高野版や真宗帖本に及ぶ。訓点以外、識語・花押・線画の類にも之が使用の例を見出す。宋版経に将来以前の角筆跡と判ぜられる物を見、著者は彼地に調査、確信を進められた。「角筆文献の言語の」『記述』並びに『性格』の両章は、著者の既に築く訓点語学研究の成果を更に拡張せる豊富、精緻の内容を成す。角筆に依る当座の記入に口語性の露呈を窺い、仮名に省画体よりも女手の多い点本の存することをも指摘される。著者は角筆点研究に懸けて獨壇上家と謂われ、本書は然る傑れた研究に副えて、角筆に関する多方面よりの考察が示されていて、翻って我が文化史の諸分野に向けても示唆に富み、裨益多かる著作となっている。


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