松本隆信
本書は室町時代物語の伝本二千余の中から重要な本四八○点を選んで、翻刻と書誌的解題を集成した叢書です。この分野の最も基礎的な研究成果ですが、今回この種の著作が高い評価を頂いたことは望外の喜びで、感謝にたえません。戦前から原資料の翻刻に情熱を傾けてきた恩師の故横山重先生も満足されたことと思います。また、本書の編纂に際して、長い間御支援を賜った同学の方々に心から御礼を申し上げます。
『宝町時代物語大成』岡見正雄
室町時代に創作された物語は勿論、源氏物語を頂点とする平安時代以来の物語といわれる文学形態の流れ、住吉物語の様な継子いじめの物語を受けており、言わばそれはマイナスの方向を取っていると言えようが、又一方では下から盛りあがってくる新しい庶民勃興期、下克上の時代の、一寸法師、物臭太郎、鉢かづき、又御曹司義経の膝元去らずの弁慶法師の活躍など、童話的、口承文芸的、語り物的な口マンの世界を反映させているのである。それは御伽草子とか、中世小説とか、或いは室町物語といわれて、内容は不思議な霊験の神仏、貴族、武士、遁世の僧侶、尼僧、又名もなき下衆徳人(げすとくにん)といわれるような室町びとの心をも写して、とりどりの、涙や又さんざめきの笑声の満ちた多数の短篇、所謂奈良絵本といわれる絵草紙、絵巻ともなっているのであり、近世にかけて写本だけでなく、刊行もされ、愛読された。それは近世の神話時代の文学でもあった。松本隆信氏の『室町時代物語大成』十五冊は、平出鏗二郎氏や島津久基氏、市古貞次氏等の諸先輩の復刻を受けて、更に横山重氏の『室町時代物語集』をも承けて、数百篇に及ぶもろもろの室町時代の冊子写本、刊本等を集大成し、厳格に復刻して角川書店から刊行されたのであった。今後、研究者は本物語大成を繙かなければ、国文学や国語学等の研究は進行しないであろうと思われる。ここに本書を推薦するに躊躇しない次第である。