橋本初子
本書に扱いました弘法大師信仰は、伝説ではなく、東寺の平安草創以来の官寺の伝統に、中世になって加わった、大師御影堂中心の寺院活動のことです。昭和四十四年から、東寺百合文書の調査・整理を手伝ってきましたが、この文書群が中世の京そのもの、文書の残り具合が寺院社会そのまま、一通一通の文書どうしの関りあいには、中世東寺の寺院活動が、具体的にあらわれています。このたびの受賞は、東寺百合文書に、大きな光をあてて頂いたものと、心からよろこんでいます。そして、私自身は、東寺百合文書に逢えてよかった......この感謝の気持ちで胸がいっぱいです。
『中世東寺と弘法大師信仰』永島福太郎
本書は「弘法大師御影堂と中世東寺」「大師請来仏舎利の信仰」「東寺の大湯屋」「東寺の造営と勧進上人」「大師宝前の講と仏事」の五章から成る。
著者は、京都府立総合資料館に長らく在勤、荘園史料の横綱と称される「東寺百合文書」の整理研究に参加した。やがて「同館紀要」などに論考を発表された。
本書は「それまでの官立の修法道場でしかなかった東寺」が「鎌倉時代の中頃から、こうした官寺の伝統に加えて、御影堂を中心とした弘法大師信仰の寺として、中世的寺院活動を開始した」と説く。つまりは東寺が「弘法大師の寺」となり、大衆の信仰を獲得、「お大師さん(毎月二十一日に大師座像が開帳され縁日として賑わう)として親しまれるが、これを促進した中世東寺の寺院活動の種々相を本書は宣明する。巻頭第一章は灌頂院御影供と西院御影供との交錯を語る書き下ろしの論考であり、まさしく圧巻といえる。なお本書の巻末第五章は「東寺にとって、荘園の歴史が官寺の歴史であるとするならば、散在所領の歴史は大師信仰の歴史である」という。「東寺百合文書」を業務対象とした著者は東寺散在所領の丹念な論考をまず発表した。長編だが、本書はこの論考を巻末に配して起承転結の妙を発揮している。
本書は丹念な実証的研究を収める。中世東寺の弘法大師信仰の(年代)史的研究としての意義も深い。