「選考にあたって」平野邦雄
国史学に“該当作なし”とは、選考委員会にとってまことにつらい選択である。
今年も文運隆昌、全候補作品は六三冊、そのなかから二次候補として一一冊、最終候補として数冊が選定され、その一つ一つについて意見が交された。何れの作品中にも、いくつかの優れた章節があり、学界に寄与する十分の意味をもつものと思われ、そのために委員会も選考に長い時間を要した。しかし、最後まで作品全体の体系としての問題が残った。
本賞は、毎年の作品(著書)を評価するもので、人(研究者)を対象とするものではない。したがって、年によっては該当作がなく、または反対に複数の該当作があって選択に苦しむばあいのあることも止むを得ない。またおなじ研究者でも、その年の著書の種類によって、選択に幅を生ずるであろう。
かつて、著書の出版は容易でない時代があり、ライフワークということばの通り、それは研究者が永年にわたるみずからの業績を世に問う意味をもっていた。最近は、出版の盛況によって比較的容易に著書が生産される傾きがないでもない。そういう事情が背景の一つにあるのかも知れないが、毎年の選考をふり返れば、それが“該当作なし”の理由となるはずはないであろう。
委員会は、今後も選考水準の一貫性をまもるとともに、その向上に努め、研究者の方々の意志に答えるつもりである。来年度からさらによい著書が出版されることを心から期待し、選考の評にかえたい。