青木和夫
角川源義賞の受賞者は、国史学関係だけでも、尊敬する先輩の目崎徳衛氏を最初として、以後も極く親しい学友の吉田孝氏、私が教壇に立って初めての学生だった平川南氏など、いま一番いい仕事をしていらっしゃる方々が対象という感じでした。それが何故、もう碌に仕事のできそうにない者の、最初で多分最後の論文集に授けられたのか、贈呈式当日の選考委員の御挨拶が楽しみです。
ともかくも竹内理三先生を始めとして拙著を選んでくださった方々、殊に此の古めかしい論文集を出してくださった岩波書店の方々に、心からの御礼を申しあげます。
『日本律令国家論攷』平野邦雄
昨年の「国史学に該当作なし」という選考委員会の選択は、今年は一転し、「複数の該当作があって選択に苦しむ」ことになり、水準の高い諸著作のいずれを推すかが委員会の責務となった。
青木和夫氏の本書は、氏の大学卒業にはじまる諸論文を集成したものであり、氏は比較的寡作の人であるから、本書も大作という印象をあたえるほどのものではない。
しかし、論文の一篇々々の質はきわめて高い。
律令体制の成立を、法典編纂、官位・官僚機構、財政・力役・交通制度など各個にあとづける。いずれの場合も原史料の批判的措置を通じ、史実を導出する手法はたしかで、“貴金属の純度”の高さを思わせる。そして、結論としての“史実”よりも、“論証の手続き”にこそ重点がおかれる。論文の発表後に批判のあるものには、一々補注・後記が加えられているのも、この点での完成度をめざしたものであろう。
またそれは本書とは別に、著者が『律令』『日本書紀』『続日本紀』などの校訂・注釈の作業を進め、これを学界に提供された実績とも深く関わっている。史料のヨミの確かさが生まれる所以であろう。
現在、古文書・木簡などの史料から、古代の社会・経済を実態的に復原しようとする論考が多いが、それも制度の正確な理解を前提としたものでなければなるまい。これからは著者みずからこの制度と実態の両者をあわせ、律令国家の全体像についてさらに叙述を進められるよう願ってやまない。