ハルオ・シラネ
『夢の浮橋』の英語原著は、一九八七年にアメリカで出版されたもので、その主題は、古今東西の文学作品の中でも稀にみる『源氏物語』の豊かさを、欧米の読書界にむけて総体的に解き明かすことだったといえます。原著上梓後、拙著の論考について広く日本の読者のご批判をも仰ぎたく願っておりましたところ、幸い、すぐれた翻訳に恵まれました。この度、拙著を栄誉ある角川源義賞受賞作として認めて頂きましたことは光栄のいたりであり、まことに感謝にたえません。
今回の受賞のおかげで、私個人としましては、一歳の時に離れた日本への一つの帰郷を果たさせていただけた思いがいたします。日米両国の諸先生方、友人のみなさんに深く感謝するとともに、今後とも太平洋をはさんでの日本文学研究に微力ながらも力を尽くしたいと希うものです。
『夢の浮橋』河盛好蔵
今年も例年のとおりアンケートの推薦を通して、国文学で六三冊の候補作品が寄せられた。そのなかから最終候補として五冊が選定され、選考会ではその一冊一冊について意見が交わされた。
授賞作の『夢の浮橋』は、これまで十五回の本賞にあって、初めての翻訳書である。この点にも議論が及んだが、本書は、西洋の文学理論と長年にわたる日本の源氏研究の成果をもとに、体系的に論じた優れた研究書であること、また、訳者鈴木登美、北村結花氏の翻訳がみごとであること等により授賞となった。
近代小説に詳しく、また、小説のよくわかる欧米の日本文学愛好家は、『源氏物語』をしばしばプルーストの『失われた時を求めて』に比べたりしている。その『源氏』を海外における専門の日本文学者がどんな風に理解しているかについて少なからぬ興味をいだいている私は、ハルオ・シラネ氏の経歴に心を惹かれ、また、私の尊敬するキーン教授の薦めによって中央公論社より出版されたことをも知り、候補作品のどれよりも先に本書を取り上げた。
私の如き初学者にとっては、シラネ氏の源氏学についての深い造詣は眩しいばかりであった。その意味で、付録の二編(『源氏物語』の主要登場人物、主要参考文献リスト、特に欧文参考文献リスト)が極めて貴重である。また、各章の詳細な注は、これだけでも興味深い読み物となっている。