栄原永遠男
これまでわたくしは、日本古代の銭貨史を歴史学の一分野として研究することを課題として仕事をつづけてまいりました。ようやくの思いで刊行することができました拙著を、伝統ある角川源義賞受賞作として認めていただき、とても光栄に存じます。それとともに、拙著の受賞が、歴史学研究の一分野として日本古代銭貨史が位置づけられるささやかなきっかけとなることができれば、幸いです。拙著のテーマは、前著とともに岸俊男先生から与えられた示唆を出発点としています。今回の受賞は、先生のご遺徳によるところが大きいと心得ております。これまでのさまざまなご縁によって、わたくしを受賞へと導いてくださいましたすべての方々に、心からお礼申し上げます。
『日本古代銭貨流通史の研究』平野邦雄
日本の古代国家は、唐の開元通宝をうけて和同開珎を鋳造し、ひきつづき銭貨を発行しているが、唐の北・南・東の周辺諸国はいずれも銭貨を発行せず、これはアジアで日本だけの異例のことだと著者も指摘している。
漢字・漢文による国語表記と文字の普及や、律令の体系的全国的な施行といった歴史事象と共通し、アジアの中での特性を示す。しかし、銭貨は、採鉱・鋳造・流通・交換・物価など多方面を一貫して研究せねばならず、包括的な成果をなかなかあげにくい。
著者は、和同開珎の銭文、銭貨の鋳造組織、流通普及の実態というように順次丹念にメスを入れる。銭貨が国際間の支払手段とされた形跡はなく、政府を中心とする一定の国内版図に流通することが、銭貨に准ずる稲米・布帛の流通径路と対比してあきらかにされる。
他方、民間での流通を示すものとして、全国的な銭貨出土一覧表と、その報告書の目録が提示され、その成果として、銭貨が呪術的・宗教的な埋納銭として利用された側面のあることが指摘される。このように戦後の全国的な発掘状況が丹念にまとめられたことは著者ならではの作業であり、今後の基礎資料として貴重である。
ついで銀・銅の地金と銭貨の法定価格差、改鋳の新・旧両銭の価格設定などから、政府の発行利益と、これに反する物価変動におよぶ。このあたりは前著の『奈良時代流通経済史の研究』とあわせて、包括的な銭貨研究たる所以であり、水準はたかい。
今後、近世三貨の発行・流通・物価などと比較して、一層研究を深められるよう心から期待して止まない。