角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第16回角川源義賞【国文学部門】受賞
『近世小説・営為と様式に関する私見』(京都大学学術出版会刊)
濱田啓介
【受賞者略歴】
濱田啓介(はまだ けいすけ)
1930年、東京都生まれ。京都大学文学部文学科卒業。大阪府立夕陽丘高等学校、同北野高等学校教諭、鹿児島大学教育学部助教授、京都大学教養部、同総合人間学部教授を経て、花園大学文学部教授。著書に、『馬琴評答集解題』(天理大学出版部)など。

受賞のことば

濱田啓介

 今回の受賞をまことに嬉しく思います。私は一つの大きな仕事の完成を目指す型の研究者ではありません。犬棒型———多年何かと考える事があり、偶然にも機縁が熟するとその部分の論述が出来上がるというタイプです。何々の研究という仕事の形としてはみえにくく、小著にも多種類の対象・方法の論述が並在しています。但し私自身の中では、すべて営為と様式の問題へと収斂しているつもりではありますが。そんな小著を今般評価して頂いたのは、先学である方々が、実に丁寧に小著の論述の終始を読みとって下さったという事だと思います。だから本当に嬉しいのです。私にとっては、これが仕事の完成でも区切りでもありませんから、これからも機縁により論証できたものを、少しずつ世に出すでしょうし、又、どこで打ち切りになっても残念に思う事は無いでしょう。

選評

近世小説・営為と様式に関する私見吉川泰雄

 ここでは「私見」こそ著者の主張であり、卓抜の業績をなす。既発表の諸論文は加筆され、書き下ろしの部分を添え、配列をば工夫して、よく組織的に勒される。極めて精通の資料の吟味、的確な解釈、発明的洞察、行文の推敲は、一面寡作と相関せざるを得ない。
 但し、馬琴に関する遙か青年時代の名論文は、特に旧稿のまま。写本より古活字本化した仮名草子『恨の介』から近世小説を説き起こし、小説隆盛が草子屋の活動に運ばれたこと、開眼作品『好色一代男』はじめ西鶴の浮世草子も然りである。多作家浅井了意の「虚構」の才覚を指摘し『本朝女鑑』を挙げる。読本への道として曽我や山中鹿之助などの軍談にも触れる。時流に伴う作者達の創作営為や様式の発展を記述し、馬琴一個の生涯における進歩の例にも及ぶ。
 技巧を論じて戯曲の領域を冒さない。但し「戯作」性ある大型雑書風の劇書には触れ、正本擬制の小説も逸しない。洒落本なるものもと遊里案内、その製作販売に注意せしめる。雅俗の読者の存在を重視し、西鶴の名文体・芸術性を評価し、亜流八文字屋本の拙劣を看破する。読本に誇り高い馬琴は書肆との栅に悩む。『八犬伝』の糧、『金氏水滸伝』の咀嚼、はた作品に投影せる馬琴身辺の事件を究める。江戸の天明を過ぎつつも、馬琴は狂歌に才あり、中年旅行の頃、漸く地歩を有せんとした。因みに『水滸伝』の優れた批評者として夙に物故せる詩儒清田たん叟の遺著に触れる。万一、馬琴への関わりの一端なり発見されればとさえ思われる。体系化を図りつつ特殊研究集のため、秋成の名は僅かに引かれるが、重要位置に在る都賀庭鐘については詳しい。折り込みの手作りの年表は大いに補助となる。


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