角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第17回角川源義賞【国史学部門】受賞
『将軍権力の創出』(岩波書店刊)
朝尾直弘
【受賞者略歴】
朝尾直弘(あさお なおひろ)
1931年、大阪府生まれ。京都大学文学部史学科卒業。同大学院文学研究科国史学専攻博士課程単位取得。堺市史続編編集主任、京都大学文学部助教授・教授を歴任、95年退官。京都大学橘女子大学教授。著書に、『近世封建社会の基礎構造』(御茶の水書房)、『日本の歴史17 鎖国』(小学館)、『大系日本の歴史8 天下一統』(小学館)、『日本近世史の自立』(校倉書房)、『都市と近世社会を考える―信長・秀吉から綱吉の時代まで』(朝日新聞社)など。

受賞のことば

朝尾直弘

 権力とか国家とか、不粋なテーマを不粋に取り扱った本書が受賞と聞き、角川源義さんの名にふさわしいかどうか、ちょっと迷いましたが、日本文化に根ざした研究として評価されたことが嬉しく、賞を頂戴することにいたしました。私たち墨塗り世代にとっては、ずっと日本とはなにかが念頭から消えない課題としてありました。本書の大部分は、講座などの編集にさいしあたえられたテーマを受けてあみだされたものですが、受手の私にとっても内に十分な必然性があったのです。その意味では、時代が書かせた作品といえるかもしれません。これを機縁に、あたらしい次元にまた冒険する力が湧いてきそうな気がします。お世話になったすべての方々に、心からのお礼を申し上げます。

選評

将軍権力の創出児玉幸多

 室町幕府の時代から戦国諸大名の対立の争乱時代を経て江戸幕府が全国統一を果たすまでの間は、かつては戦国時代から織豊時代または安土桃山時代と呼ばれ、領土や権力の争奪に主眼が置かれていたが、第二次大戦後は質的な相違を考えるようになり、そこに中世から近世への社会構造の転換を見、あるいは中世封建制の再構築とするなど種々の意見が出された。
 それらの諸説の中では、豊臣秀吉の全国的な検地や刀狩令などを中心とする兵農分離政策が大きな比重を以て語られた。朝尾氏も秀吉の兵農分離令が全国統一の前提とはしているが、織田政権と豊臣政権との間の段階差は本質的なものではないとして、超越的・絶対的性格を持つ統一者としての将軍権力の創出過程として把握すべきものとされた。この『将軍権力の創出』は、それの具体的な解明書である。
 信長は今川氏や武田氏を武力によって打倒し、天台宗・一向宗・日蓮宗などを屈服させ、自らを神格視して諸人に礼拝させたが、信長にとっては天皇の権威も足利将軍の権威も、その政権を樹立するために利用したに過ぎなかったのである。これは秀吉に至って更に明瞭になり、後陽成天皇の聚楽第行幸の際に、諸大名に対して、関白の命には違背しないことを誓わせたことにも示されている。
 朝尾氏の論述は武家政権と朝廷・天皇との対立を一つの軸としているが、同時に大名以下の武家勢力の掌握や中世末以来の複雑な土地支配関係を排除して、小農民の剰余労働を全面的に収奪する政策等こまかい事例を多く挙げて『将軍権力の創出』という書名にふさわしく、新しい歴史認識を与えてくれるものである。


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