角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第17回角川源義賞【国文学部門】受賞
『喜多流の成立と展開』(平凡社刊)
表 章
【受賞者略歴】
表 章(おもて あきら)
1927年、北海道稚内市生まれ。東京文理科大学国語国文学科卒業。法政大学能楽研究所助手、同大学文学部専任講師を経て、法政大学文学部教授。文学博士。法政大学能楽研究所所員。財団法人観世文庫常務理事。著書に、『申楽談儀』(世阿弥著、校註、岩波書店)、『鴻山文庫本の研究 謡本の部』(わんや書店)、『日本思想大系 世阿弥・禅竹』(共著、岩波書店)、『能楽史新考』(一)(二)(わんや書店)など。

受賞のことば

表 章

 恩師能勢朝次博士の不朽の大著『能楽源流考』の後を継ぐ形の近世能楽史研究の、私としては最初の成果に権威ある賞をいただき、光栄の至りです。漸増しつつある同じ分野の少壮の研究者へのよき刺激になるであろうことからも、有り難く存じます。勤務する野上記念法政大学能楽研究所に集積された豊富な資料を基盤に、喜多家菩提寺だった九品寺の過去帳発掘などの幸運にも恵まれて、さほど苦しまずに、むしろ楽しみながらまとめたのが『喜多流の成立と展開』でした。十六年前に出した最初の論文集の「はしがき」に「能楽の研究者で私ほど仕合せのいい人間はまたとあるまい」と書きましたが、今回の受賞もそれを裏づけています。出版社を初め、私の仕合せのよさを支えてくださった多くの方々に、あつく御礼申しあげます。

選評

喜多流の成立と展開尾形 仂

 学会等のアンケート推薦による本年度の国文学関係候補作の総数は七十五点。そのうち、第二次候補作十四点の中から厳選された最終候補作三点につき、選考委員会で慎重審議の結果、全員一致で表章氏の『喜多流の成立と展開』を推すことに決定した。
 本書は、観世・金春・宝生・金剛の四座のほかに近世初期新たに喜多流を創始、能楽界にシテ方五流の体制を確立した初代北七大夫長能(古七大夫)の生涯と業績を明らかにし、さらにその子息・門弟および現在の十六世六平太に至る喜多大夫歴代の事績、ならびに近世能楽界に圧倒的優位を占めた喜多流の地歩について考察を加えたもので、付録・索引を含め約九百ページに上る大作である。
 中でも特筆されるのは、近世初期の記録・日記類を博捜して作成した千番を越える「北七大夫長能出演記録」で、これら近世能楽界の実情を伝える根本資料を縦横に駆使し、古七大夫に関する不確実な伝承と推論にもとづく従来の旧説の徹底的批判の上にその実像を再構築した表氏の強力な論証は、きわめて説得力に富み、読者をして最高の知的悦楽に誘わずにはおかない。
 しかも、例えば仙洞御所における「関寺小町」事件を通じて、古七大夫の演出が近世における能の重い芸への変質を先取りするものであったことを指摘、また、その書状を通じて、彼の能役者全体の地位向上への配慮を推測するなど、氏の考察は単なる史実の実証にとどまらぬ能芸への深い洞察に満ちている。
 他流との消長関係の中で喜多流の成立と展開を見据えた本書は、いわば能勢朝次博士の『能楽源流考』の続編として、近世能楽史研究を大きく前進させたものと断じて憚らない。


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