朝倉 尚
亡き角川源義先生、ご推挙下さった諸先生に御礼を申し上げます。受賞が知らされた瞬間、事態がよく理解できませんでしたが、ひたすらうれしかった。世俗の名利の外に立った禅僧の生き方に憧憬の念を抱きながら、やはり自分が所詮は凡人であることが実感されるこのごろです。日本禅宗史や五山文学の研究の先駆者・玉村竹二先生が受賞された本賞は、私にとってはとくに由緒ある賞であります。近年、禅林の文学の研究者は着実に増加し、研究分野は広がっております。皆様の実績のお蔭で、私の仕事も振り返っていただけました。感謝申し上げます。 金子金治郎先生の連歌と、中川徳之助先生の五山文学と、先生方のご指導により本日の日を迎えることができました。ありがとうございます。
『抄物の世界と禅林の文学』吉川泰雄
謂わゆる抄物の著者は、還俗者らを含め、禅林の人々が殆どである。其等写本なり刊本なり、選述の経緯は一様ならずと考えられる。
著者朝倉尚氏は、本著前半で『中華若木詩抄』を論じ、中華・扶桑の詩からいかなる傾向の作品が収集されているかを検証した。中華からは名誉詩・伝誦詩が採られているとし、因んで原典・実説を糺す。扶桑からは専ら禅林詩で、応制・応台命詩・送人詩の類に偏し、都合、啓蒙・実用に資すべく、氏は原典選抜と註解の併成かと疑われる。然ればこそ、室町時代後期以来、普及を久しうしたものと評者も肯ずる。
続けて『詩抄』の撰者如月寿印、及び其師たる月舟寿桂両人の宗務、緇素の交際、学問文芸、芸能、特に和漢聯句に言及、当師弟等が参加した享禄年間の資料三編を掲げる。
本著後半では、先ず、禅林聯句には連歌におけるが如き式目こそ一往無けれ、宋・元に行われた以上に禅林好尚の文芸として普及し、義堂周信・二条良基の相影響する所を慮る。聯句会の作法、当坐性、禅林聯句ながらに高めた観念上の芸術性の豊かな興趣が指摘される。朝倉氏は専ら聯句発達の実状を、わが中世以降の緇素の日録、聯句集の叙跋、また加えられた批評等を博く点検、説明する。傍ら、聯句の技巧・付合を明かし、本著の読者を鑑賞に誘う老婆心さえ添える。
さて続いて著者は、『湯山聯句鈔』を論ずる。此の『湯山聯句』とは、明応九年暑天、有馬温泉に湯治する前僧録寿春妙永を見舞うた景徐周麟との、約二十日にわたる、寒韻以下先韻までの両吟の応酬。四年後の永正元年、一韓智翃なる人、これに註解を加える。模範的作品への註解なるにも拘らず所説に繁簡、また余譚あり。朝倉氏は綿密、周到に補註を施す。ただ想外の字句の複雑、時に穿鑿の過度に及んだかも知れない。
著者の資質に加えて驚くべき傾注、優れた視点に着き、創見を樹て、斯分野の研究を益々展開せしめる優れた著作として、本書を推したい。
なお両抄物のテキストは『岩波新日本古典文学大系』に併載されている。