島津忠夫
「和歌から短歌へ」ということを、研究というレベルで達成したいという欲望を長年持っていた。古典和歌と現代短歌を断絶の相ではなく継続の相として捉えたいということが、この書に意図したところであった。長年書き継いで来たものを編集する形を取っているので、当然論じなければならない問題がなお多々残っているが、いつまでも放置しておけないという気持から、刊行に踏み切ったのであった。そうした私の意図を汲み取っていただき受賞の栄誉を受けたことを嬉しく思う。今は亡き岡見正雄先生とのご関係もあって、角川源義氏とはご生前何かと親しくしていただいたが、いま受賞の知らせを受け、その折々のことが鮮烈に思い出されて来るのである。
『和歌文学史の研究』和歌編・短歌編 井上宗雄
島津忠夫氏が、万葉以後、江戸時代までの、いわゆる古典和歌から現代短歌までを一貫したものとしてとらえ、四十数年にわたって研究を重ねて来た論文を集大成したものである。
まず『和歌編』の序章において、千数百年にわたる和歌史について、大きな見通しを立てて論述し、本論は、各時代における和歌史上のさまざまな問題について考究した論考によって構成され、『短歌編』には明治期から現代に及ぶ短歌史に関わる十五編の考察を収める。
島津氏が和歌・連歌のすぐれた研究者であることは申すまでもないが、その出発点から視野の広さをもって著名であった。能・狂言を中心とした演劇・芸能、そして物語・説話・軍記物語・日記・随筆等々、多様な分野において数々の注目すべき論文を公表している。そのような目配りの広さはこの書にも至る所に反映している。例えば、「歌と歌物語と――『大和物語』を読みつつ――」「和歌と説話と――雲玉和歌抄をめぐって――」など、専門家にも大きな刺激を与えた論文である。また氏の論文は文学史上・和歌史上における位置づけがきちんと為され、実証的で行届いた論述によって説得力のある結論が導かれるのを常としているので、例えば、「俊恵法師をめぐって」において、俊恵の歌風が中世の隠者僧や二条派の歌風と通うものがあるのではないか、という四十余年前の立言が今なお生き生きとして、今後の研究に大きな展望を与えるものとなっている。こういう示唆に富む論が実に多いのである。
必ずや長い生命を持つであろうスケールの大きな研究書として、高く評価されるものであることは間違いない所である。