池上裕子
中世から近世への移行期の研究を志した時、戦国大名の本格的な研究は始まったばかりで、いろいろな発見に喜びを感じることができました。しかし一方では、単純な権力論に陥ることのないよう、いかに下からの視点を確かなものにできるか、摸索し続けてもきました。それは今も課題として自覚し追究しているところです。もう一つ私が心がけていることは、これまでの時代区分にとらわれることなく、自由に時代像を追究することです。視野を広げて、村や町の人々の視点から権力と社会を論ずることを念願し、今後の出発点とすべくまとめてみたのが本書です。このたび思いがけず角川源義賞をいただくことができ、たいへん有難く、感謝いたしております。御指導下さいました方々、本書を推薦して下さいました方々に心より御礼申し上げます。
『戦国時代社会構造の研究』尾藤正英
戦国時代、とくに十六世紀に各地に現れた戦国大名に関しては、多くの研究の成果があるが、その主流は、これを中世の最終段階に位置づけるもので、織田・豊臣政権に始まる近世との間には、一種の断絶があると考えられている場合が多い。それに対し本書は、既成の学説から自由な立場で、戦国大名による領国支配の「構造」を解明することにより、右の断絶の克服をめざした点に特色がある。本書の内容は、著者が二十年間に発表して来た論文の集成であって、論点は多岐にわたっているが、それらを支えた問題関心は一貫している。まず戦国大名の一つの典型として、北条氏の領国における家臣団や諸身分の編成、また市場や宿駅のあり方を、「小田原衆所領役帳」をはじめ基本史料に基いて具体的に明らかにする。ここに示された大名領国の構造は、大名と、その家臣(給人)と、百姓らの惣的結合との、三者の対抗と提携との関係という、ダイナミックな様相で描かれている。これは中世から近世への過渡期の存在としての戦国大名の性格を解明する方法として、適切なものと考えられる。さらに著者は、これまで「断絶」の指標とされて来た、貫高と石高、また差出と検地との関係に分析を進め、貫高も石高も年貢高である点で同一であること、また先規を確認する差出と、新しい支配の基礎を定める検地とでは、性格が異なることを明らかにして、戦国時代と近世との連続性を、具体的に根拠づけている。なお残された課題は多いとしても、明確な問題関心と、堅実な実証とに基き、研究に新生面を開いた点で、高く評価することのできる業績である。