角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第23回角川源義賞【国史学部門】受賞
『中世寺院史料論』(吉川弘文館刊)
永村 眞
【受賞者略歴】
永村 眞(ながむら まこと)
1948年3月、熊本県生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。同大学院文学研究科博士課程中退。東京大学史料編纂所を経て、日本女子大学文学部教授。文学博士。著書に、『中世東大寺の組織と経営』(塙書房)、『醍醐寺文書聖教目録』(共編、勉誠出版)など。

受賞のことば

永村 眞

 史料の調査・出版という仕事から日本史研究の世界に入り、教育の現場におります現在も、やはり史料との深い関わりを持ち続けています。とりわけ東大寺や醍醐寺という大寺院に伝来する史料群に触れながら、寺院社会をその内側から明らかにしたいと手探りで勉強を続けてきました。多種・多様な寺院史料を前にして、その整理・活用の手がかりにと考え、我流ながら試みの一端をまとめたものが『中世寺院史料論』です。目標への遠い道のりを痛感する今、角川源義賞をいただきますこと、大変に有り難くまた汗顔の至りでもありますが、この栄誉を励みに更に一歩の前進を図りたいと決意しております。併せてご指導とご支援を賜りました諸先学・御同学の皆様方に心より御礼申し上げます。

選評

中世寺院史料論大山喬平

 現存する中世顕密諸寺院には膨大な文字史料が蔵されており、そうした文字史料の活用によって中世荘園社会の研究が進展してきたことはいうまでもない。しかし従来、歴史研究が利用してきたのは寺院史料の一部にすぎず、その中心をなす寺院内部における修学のための論議や法会の開催にともなって作成をみたいわゆる聖教類は手つかずの状態が長くつづいていた。だがこうした聖教類の解読なくして複雑多様な内容と機構をもつ中世寺院社会の内情を把握することは不可能のことに属する。
 永村氏の今回の仕事はこうした中世顕密寺院における聖教類を中心におきながら、寺院史料の存在形態を体系的に明らかにした最初の業績として意味あるものである。聖教類は従来、歴史研究からは教学史料として調査研究の対象外とされ、また教学研究からは形骸化した法要所作にかかわるものとして顧みられることがなかった。永村氏はこうした聖教類が中世寺院史研究にとって、また同時に中世史の研究そのものにとって、どれほど重要なものであるかを、実例をもって説得的に体系的に説明している。氏は近年の大規模な寺院史料の悉皆調査にみずからも従事し、またそうした事業の進展に助けられて今回の仕事をなしとげた。
 中世顕密寺院の枠組みを支え、これを大きく規制していたのは仏・法・僧の三宝の区分とそこに生まれる序列であったことを著者はとりわけ強調している。こうした仏・法・僧三宝の区分と序列によって秩序づけられた寺院社会の枠組みのなかで、本尊(仏宝)へのそれぞれの信仰に起点をもつ世俗社会からの喜捨行為が行なわれ、修学と法会(法宝)にもとづく、寺院の側からする鎮護国家と檀越護持への祈りによって、中世における世俗社会と寺院との媒介がたもたれていた。中世の寺僧とその集団は厳しい戒律のもと、施主の喜捨を頼りとし、三衣一鉢を除くあらゆる財物の保有・蓄財・交換を自ら退けつつも、信仰にもとづく施主からの寄進物の欠損をもって、施主願念の消滅と断じ、「無尽財」の観念のもとに、実際は世俗の経済活動(僧宝)を広汎に展開していくのであるが、そうした中世寺院社会の生きた実相を、本書は寺院史料学の学としての確立をとおして明らかにしたものである。


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