角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第23回角川源義賞【国文学部門】受賞
『源氏物語論』(岩波書店刊)
藤井貞和
【受賞者略歴】
藤井貞和(ふじい さだかず)
1942年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。同大学院人文科学研究科国語国文学専門課程博士課程単位取得満期退学。共立女子短期大学専任講師、東京学芸大学助教授を経て、東京大学教養学部教授。文学博士。1992年~93年、コロンビア大学客員教授。新日本古典文学大系『源氏物語』『落窪物語』(岩波書店)の校注に参加。著書に、『物語文学成立史』『平安物語叙述論』(東京大学出版会)など。

受賞のことば

藤井貞和

 二十世紀が、『源氏物語』の研究を、ある意味で飛躍的に拡大させたことは、十三世紀、十八世紀という時代についで、「三度目の正直」という感があるのではないでしょうか。それのまさに実らんとする六十年代という季節に、幸運にも私は際会して、それより約三十年という歳月を、諸先生、諸先輩の謦咳にふれ、時代の新しい息吹である、論攷のかずかずを吸収して、「物語とは何か」「文学とは」という課題をかかげた、研究および活動に参加できたことは、望外のよろこびです。研究革命および文学革命は、同時世界的に起きた現象であって、日本社会が世界へ深く参入したこととして、とりわけ物語研究は今後に記憶されつづけると思います。二〇〇一年という折り目を、このように記念することができまして、苦労を分かちあった友人たちと、いまは祝いたいと考えています。

選評

源氏物語論秋山 虔

 源氏物語のみに限ってもすでに多くの著書をもって知られる著者によって新たに編集された本書は、十七章五十四節(源氏物語五十四帖に擬せられる)よりなる八百頁に近い大著であり、戦後の成立過程論の最後の季節に位置すると著者自身のいう「匂黛十三帖の時間の性格」(一九六八)をはじめとして最近の書下ろしまで、精力的に書き継がれてきた論文が集成されている。
 初期の主題論から王権論へ。視野を東アジアに拡大した出典論・受容論から女性学への関心による諸論へ。語りの論、神話批評、もののけ・怨霊論。物語中の和歌の力の論。もう一つのというか虚構の王朝史としての物語叙述など、これら数々の論文群生産の推移を顧みるとき、おのずから一九七〇年以後の研究動向と雁行する著者の足どりが実感される。
 しかしながら著者の研究は推移する研究の時流と必ずしも協調するものではなかろう。つねに新たな問題提起、方法の模索によって多くの研究者を刺激しつづけた著者ではあるが、むしろ孤絶した存在であったといえる。第一に、著者の論考は読者の論理的な反証など受付けないであろうような感性の作用が大前提である。その感性は源氏物語世界の文脈を構成することばへの徹底した固執、そしてそれへの自己同化としてはたらくものであり、その独自性ゆえに読者をして酩酊させることにもなるのだろうが、また一方では抵抗をも誘発することにもなろう。引用本文に付される現代語訳は読者に対するサービスのつもりではなく、そのように受容してみせる著者の姿勢の表明ではあろうが、却って原文の味読を妨げないか。ときに原文以上に難解になるという評者の意見もあった。引用される和歌に句読点や「―」記号が付されていることも新機軸とはいえ必ずしも共鳴しにくいのではないか。しかしこれらのことは欠点というよりは本書の達成と必然的にかかわる独自の文体的特徴とみるべきだろう。
 本書に集成された諸論文の多くは、その発表の時点時点において注目をあつめ、研究史的にも記念されるものである。それら名作群が著者によって体系立てられた本書の価値は十分に評価されてしかるべきだろう。


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