角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第28回角川源義賞【文学研究部門】受賞
『二条良基研究』(笠間書院刊)
小川剛生
【受賞者略歴】
小川剛生(おがわ たけお)
1971年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科博士課程中退。熊本大学文学部講師・助教授を経て、現在、国文学研究資料館文学資源研究系助教授。博士(文学)。編著書に『拾遺現藻和歌集 本文と研究』、『歌論歌学集成 第十巻』(共校注)、『南北朝の宮廷誌 二条良基の仮名日記』などがある。

受賞のことば

小川剛生

 高校生の時に『増鏡』に親しんで、二条良基の名を知り、政治・文化の広い領域にわたる活躍に心惹かれました。歴史史料と文学作品を区別せず、一人の執政の仕事としてとらえ全体像を描きたい――おおけなくもそんな思いを抱きました。以来、良基の「肉声」を忠実に再現するため、著作の本文批判と伝記史料の網羅に努めてきました。そして、時代の転換期における役割を明らかにするべく、本書を構想しました。自分の思うところが形になっただけでもありがたいのに、今回、伝統ある素晴らしい賞をいただくことになり、誠に嬉しく存じます。御推薦を賜った方々、また、選考委員の先生方に深く感謝いたします。本書によって良基の「肉声」が少しでもはっきり聴き取れるようになっていればよいのですが、古人のことばと向き合い、事実を一つ一つ掘り起こしていく仕事には終わりがありません。これからもさらなる探究を続けてまいります。

選評

『二条良基研究』井上宗雄

 二条良基は連歌作者・歌人として従来文学史上大きく扱われて来た。それはもちろん誤りではない。しかし良基は、政治的には後醍醐・光厳以下七朝に仕え、終生後醍醐を敬慕しつつも、摂政・関白として北朝政権を支え、また将軍足利義満の「扶持の人」として深い交流を持ち、激動の南北朝時代を生き抜いた人物としてきわめて重要な存在であった。
 小川氏の著書『二条良基研究』は良基の全体像を明らかにすべく、正面からその課題に立ち向かった大著である。
 本書は、序章、四篇の本論、終章、年譜・索引等から成る。
 序章では、まず研究史を記し、次に良基を論ずる著者の姿勢を明示して「北朝の執政として」の節を置き、以上の点を踏まえて本書の構成を述べる。
 第一篇は「伝記考証」で、誕生から他界するまで六十九年の生涯を六期に分け、時代の動向と関わらせつつ、主として公人としての事蹟を詳しく考察し、最後に、終生その拠点であった押小路烏丸殿について考究、その意義を指摘する。第二篇は「朝儀典礼」。中世において重要な儀礼であった即位灌頂に良基の果した役割を明らかにし、次いで除目執筆作法の意義を述べる。第三篇は「宮廷藝能」。和歌御会・蹴鞠御会についての行き届いた解説、次に「艶書文例集」の節を置き、良基の「思露(おもひのつゆ)」の紹介と後世への大きな影響を指摘。続いての論、若き日の世阿弥の伝記資料「良基消息詞」が真作であることの緻密な考証。間然する所のない論である。第四篇は「学問著作」。有職学、歌論、連歌、漢学の考察。とりわけ孟子受容の論は興味深い。更に『百寮訓要抄』の研究を含む良基の広汎な活動を記述する。なお、『河海抄』の著者四辻善成(良基の猶子)の伝を附章とするが、善成を扱った初めての詳伝である。終章で総まとめを行うと共に、『増鏡』と良基との深い関わりを、慎重な筆致ながら注目すべき見解を記す。以上、全篇にわたって新見に満ちた論著であると評して誤りない。
 良基は北朝の執政であり、その地位に強い自覚を持って行動した。広汎な領域にわたる学問・有職の考究も、和歌・連歌作者としての活動も、すべてその立場から発したものであることが、小川氏の、実証的な、そして説得力ある記述によって明確にされたと断言することができる。また、『雲井の花』ほか数々の仮名日記は、執政として宮廷行事を平易に描いて人々に示す営為であったという鋭い指摘も、肯綮に当たったものというに吝かではない。
 本書は、既刊・未刊を問わず典籍・記録・文書を博捜し、厳密な文献批判によって事蹟を確定し、その歴史的意義を明らかにし、良基の生涯と多岐にわたる全業績を、時代の動向と深く関わらせつつ見事に浮き彫りにしている。良基についてはもちろん、南北朝時代の日本文学・日本史の研究史上、きわめて高い位置を占める学術書と評価して過言ではないであろう。


受賞者一覧に戻る