角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第29回角川源義賞【歴史研究部門】受賞
『戦国織豊期の貨幣と石高制』(吉川弘文館刊)
本多博之
【受賞者略歴】
本多博之(ほんだ ひろゆき)
1960年、広島県生まれ。広島大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。福岡市博物館学芸員、安田女子大学助教授、県立広島女子大学助教授、県立広島大学助教授を経て、2007年から広島大学大学院文学研究科准教授。博士(文学)。共著に『銭貨―前近代日本の貨幣と国家―』、『貨幣の地域史 中世から近世へ』などがある。

受賞のことば

本多博之

 最初の著作に対し、このような伝統ある賞を賜りましたことを大変嬉しく思います。本書は、戦国時代から安土桃山時代にかけての貨幣流通の実態と中央政権や大名権力の政策的対応を探ることで、中世から近世にかけての国家や社会の移り変わりについて考察したものです。それは大学院の学生時代の演習発表に端を発し、途中回り道をしながら、恩師の学恩に感謝する気持ちでまとめたもので、それだけに感慨深いものがあります。地域に眠る史料を掘り起こし、丹念に分析することで歴史的事実の再構築をはかり、これから我々が進むべき道を模索する。かつて学んだ歴史学の方法と哲学を、次の世代にもしっかりと伝えていきたいと考えております。ご推薦を賜った方々、とりわけ選考委員の諸先生方には心より感謝申し上げます。今回の受賞を励みに、また新たな研究課題に向かって努力を重ねて参りたいと思います。

選評

「戦国織豊期の貨幣と石高制」黒田日出男

 ここ一〇年あまりの間に著しい進展を遂げてきた研究分野として、貨幣史・貨幣流通史がある。それは、東アジア史・世界史という広がりのなかで、歴史学・考古学などの諸学問が協働し、切磋琢磨しあうかたちで展開され、我々歴史研究者にとって瞠目すべき成果を次々に生み出してきた。中国の貨幣を輸入して通貨としてきた日本中世社会が、そうした新展開した貨幣史研究にとっての主戦場のひとつとなったことはいうまでもない。
 著者は日本中近世貨幣史の中心的な研究者の一人であり、自らの研究を一書にまとめあげた。それが本書である。独自の課題設定のもとで、明快な方法と綿密な実証によって記述されている本書の論旨には十分な説得力があり、近年の日本中近世貨幣史研究を代表する力作であることは間違いあるまい。選考委員全員一致の判断であった。
 では、本書は何をどのように明らかにしたのか。その特徴・特色を、とりわけ魅力的と思われる二点に絞って示そう。
 ひとつは、地域における「撰銭」状況と貨幣流通の実態を、中央政権や大名権力の政策的対応から解明した点にある。より具体的にいえば、大内・毛利氏の領国である中国地方と九州北部に地域を限定して史料を博捜し、年貢等の収取において地域住民と領主の間に発生した納入銭貨をめぐる紛争などで、大名権力がどのような政策的対応を行ったかを精密に検討し、銭貨の流通実態を具体的に把握することに成功したのである。この成果によって、例えば「清料」(基準銭貨)と「和利」(換算値)と「当料」(実際に授受される銭貨)の関係などが、わたしのような門外漢にも明瞭に理解できるものとなった。また「南京」や「鍛(ちゃん)」など地域に流通する銭貨のあり方についても同様である。
 今ひとつは、銭貨の流通実態を踏まえて、金銀の通貨としての社会への浸透、支払手段としての米の機能などを分析することによって、石高制の成立を大胆に見通した仮説を提示したことである。まさに力業といってよい。この仮説も、地域大名の領国支配における石高制の実施事例、すなわち毛利氏の惣国検地と筑前名島の小早川領の検地の分析に基づいたものであり、今後の石高制論にとって大胆な問題提起となるであろう。
 この二つの特徴・特色に端的に示されているように、本書は検討地域を大内・毛利領国などに限定し、通貨に対する大名権力の対応を、政策史的かつ実証的に分析することによって、豊かな成果を生み出すことに成功したのである。本書の魅力の源はそこにある。
 但し、それ故にこそ、著書には課題が残されているのではないか。石高制の成立は、それを生み出した地域すなわち畿内や濃尾地方へ乗り込んで解明する必要があるだろう。地域は、問題解決にふさわしい所が選ばれるべきであるから。著者はすでに、今後の研究課題をたくさん抱えているようであるが、ぜひ地域を越えて挑んでもらいたい。


受賞者一覧に戻る