角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第31回角川源義賞【歴史研究部門】受賞
『日本憲政史』(東京大学出版会刊)
坂野潤治
【受賞者略歴】
坂野潤治(ばんの じゅんじ)
1937年、横浜生まれ。東京大学文学部国史学科卒業。同大学院人文科学研究科博士課程中退。東京大学文学部助手、千葉大学人文学部助教授、お茶の水女子大学文教学部助教授、東京大学社会科学研究所助教授・教授、千葉大学法経学部教授を経て、現在、東京大学名誉教授。著書に、『明治憲法体制の確立』『大正政変』『近代日本の国家構想』『昭和史の決定的瞬間』『明治デモクラシー』など。

受賞のことば

坂野潤治

 このたび本賞を拝受した拙書は、幕末から昭和初年にかけて私どもの先人たちが、議会制民主主義の実現に尽した努力の跡を辿ったものです。幕末以来の日本人の目標としては「富国強兵」が有名ですが、それと同様に「公議輿論」も日本人の一貫した目標だったことを明らかにしようとしたものです。
 それらの中でも、明治一四(一八八一)年に福沢諭吉のお弟子さんたちが起草した「交詢社私擬憲法」は、特筆すべきものです。それは憲法を制定して政権交代を伴った議院内閣制を規定しようというものでした。この点では今日の日本国憲法とほとんど同じものだったのです。福沢らの夢は、憲法のレベルだけではなく、現実政治の上でも本年九月に実現しました。その同じ年に角川源義賞を受賞できたことに、何か因縁のようなものを感じております。 

選評

「平易であって刺激的な憲政史」高村直助

 『日本憲政史』は、幕末から日中戦争勃発までの政治史の諸局面を、憲法の準備・制定・運用という視角から描いてみせたデッサンである。
 第一章~三章では、幕末議会論と大阪会議との連続性を指摘しつつ、明治憲法制定に至る過程を分析している。憲法問題と関係づけることによって、大阪会議を瓦解に導いた内部対立が明らかにされ、またすでに論じ尽くされた感のあった明治一四年政変における三極対抗をめぐって、愛国社系の憲法論議の低調ぶりや福沢諭吉グループのイギリス直輸入ならざる憲法・政権構想が摘出されている。
 議会開設から政党内閣期までを扱う第四章~六章では、美濃部達吉による解釈改憲と吉野作造による社会民主主義的民本主義とを大きな柱として押さえつつ、初期議会期の藩閥政府・民党対立の行き詰まり、美濃部と吉野の憲政論の差に続いて、政党内閣期における民本主義の達成と限界が一九三〇年を到達点として分析される。ここでは特に、美濃部の解釈改憲への踏み込みと政治状況との微妙な関係の指摘が印象的である。
 第七章~終章では、政党内閣の崩壊から日中戦争による憲政凍結に至る挙国一致内閣期を、社会政策を掲げる「協力内閣」の実現可能性を探るという観点から分析しており、二・二六事件以後においてもなお、選挙に示された民意は社会民主主義的政策を強く支持していたことを主張している。

 最初に本書をデッサンだといったのは、本書がいわゆる概説書ではなく、憲政史上重要な問題を取りあげ、平易な言葉で理念的対抗軸を設定することで、その時期の政治状況を鮮やかに切り取ってみせるというスタイルの叙述を展開しているからである。
 社会民主主義の実現という極めて現代的な関心を明示しつつ、膨大な史料のなかから重要な言説を掬い上げ、簡明なキーワードを駆使して展開されるその議論は、専門外の読者にも一応は分かりやすく、しかも政治史・思想史・憲法学それぞれの専門家にとって刺激に満ちている。さまざまな異論の誘発が予想されるが、それもまた本書の企図するところなのであろう。
 坂野潤治氏は、一九七一年の処女作『明治憲法体制の確立』以降、明治維新期から昭和戦前期に及ぶ数多くの著作を世に問い、それらは刊行の度に学界に大きな影響を与えてきた。本書は、長年にわたる氏の研究の総括ともいえるが、しかし単なるまとめではなく、新たな知見と主張を含む野心作であり、本賞としては久し振りの近代史の受賞となったものである。
 


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