角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第33回角川源義賞【文学研究部門】受賞
『新古今時代の表現方法』(笠間書院刊)
渡邉裕美子
【受賞者略歴】
渡邉裕美子(わたなべ ゆみこ)
1961年生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業後、東京都立明正高校(定時制)教諭を経て、早稲田大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程退学。博士(文学)。現在、宇都宮大学、早稲田大学等非常勤講師。著書に、『最勝四天王院障子和歌全釈』、『歌が権力の象徴になるとき――屏風歌・障子歌の世界』。2008年に関根賞(第2次第3回)受賞。

受賞のことば

渡邉裕美子

 わたしが新古今時代の歌と出会ったのは学部三年生のときのことでした。瞬く間にその魅力の虜になり、卒論では迷わずこの時代の歌を取り上げることにしました。いつも何となく進路を決めてきたわたしでしたが、この時はじめて、物語でも説話でもなく、また、古代でも近世でもなく、新古今時代の「歌」という対象を自ら選び取ったのでした。
 それから三十年近く、古典和歌を読み、あれこれ考え続けていますが、倦み飽きるということがありません。こうした対象と出会えたことは本当に幸せなことと思っています。ただ、そうして好きで歌を読んでいるだけで、研究者としては独り立ちできていないという思いをずっと抱き続けていました。この本の「あとがき」には、自らのことを「雛のまま年を重ねて、いまだに羽ばたけずにいる」と記しています。しかし、このような名誉ある賞をいただくことになり、自分でも気づかないうちに、実は飛ぶことができていたのではないか、と思えるようになりました。ただし、多くの方に支えられて、不器用に羽ばたいているに過ぎないに違いありません。今後も受賞者の名に恥じぬよう真摯に歌と向き合っていきたいと考えています。

選評

「新古今時代の研究を深めた労作」久保田 淳

 本書は『千載和歌集』成立後の建久元年(一一九○)から歌壇の中心的存在藤原定家の没した翌年である仁治三年(一二四二)までをおおよその新古今時代として、この期の歌人たちの表現方法を、題詠と本歌取に焦点を絞って分析・検討した論考を中心とし、伝記考証や資料報告を添えた大著である。対象とする歌人は少なくないが、とくに俊成卿女をはじめ、宮内卿・越前らの女性歌人に関して、その表現方法を、同時代や先行の歌人の作品を豊富に引きつつ、事細かに検証している。作品群では、後鳥羽院が企画した『最勝四天王院障子和歌』を考察した章で、題に選ばれた名所の持つ意味、『伊勢物語』との関連、中心的役割を果たした定家の表現意識などを探り、今なお全貌の明らかでない『通具俊成卿女歌合』について、成立の問題から始めて、現在知られるすべての歌と定家の判詞の周到な注釈を試みた。これらの章は本書の白眉であろう。建保三年(一二一五)『内裏名所百首』の章では和歌における風景を論じ、九条道家主催『光明峯寺摂政家百首』については百首歌における歌題構成を考える。藤原隆房の家集『隆房集』の再編・変容・享受の過程を丹念に追い、藤原信実編の説話集『今物語』の幾つかの話の構成方法を探り、「女の歌詠み」「女の歌」という概念を和歌史的視点に立って検討し直すなど、著者の問題意識は多岐にわたり、それぞれの部分で新見を提示している。
 対象とする作品の本文や影響関係などの調査が徹底しており、研究史をふまえて先行論文にもよく目を通し、時にはそれらの過誤をも指摘しつつ、きめ細かに論を進めていることは、研究書としての本書の卓越している点である。本書によって、新古今時代の和歌の読み方に新しい視点が導入され、この時代の研究が一層深められたことは疑いない。
 ただし、新古今的表現は奥が深い。著者が挑むべき歌人や作品群はまだ少なからず存在する。それは著者自身十分気づいていることでもあろう。我々は今後の著者のさらなる展開を期待しつつ、本書を角川源義賞受賞作としてふさわしいと結論した。


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