角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第33回角川源義賞【歴史研究部門】受賞
『日本中世社会の形成と王権』(名古屋大学出版会刊)
上島 享
【受賞者略歴】
上島 享(うえじま すすむ)
1964年、京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科国史学専攻博士課程学修退学。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員を経て、現在、京都府立大学文学部准教授。共編著に、『史料纂集福智院家文書 第一』、『史料纂集福智院家文書 第二』など。

受賞のことば

上島 享

 日本中世の庄園の多くは寺社領で、領主の許に納入された年貢などは主に寺社で年中行事として行われる宗教儀礼の経費となった。戦後の日本中世史研究は庄園史料を用いて、社会経済史を中心に進展し、大きな成果をあげてきたが、年貢の使途たる宗教儀礼の中身まで踏み込んで検討されることはほとんどなかった。そんなことを思いながら、二〇年近く前に、法会など仏教史の研究をはじめた。
 中世仏教は豊穣な世界を有しており、仏教の勉強をはじめると一気に世界が広がった。王権・神祇・神話など新たな課題が次々に現れ、それらを解決するのは楽しい作業だった。
 こうして執筆した諸論文を一書にまとめるにさいして、政治史・社会経済史・宗教史・思想史が密接に連関しながら、一貫した動きとして日本の中世社会が形成されたことを描きたかった。苦労したが、ある程度、当初の目標を達することができたと思う。
 拙著では、つい調子に乗って〈全体史〉という言葉を使ってしまった。〈全体史〉というには抜け落ちている点が余りにも多く、今後、自身の枠組を乗り越えながら、一生をかけてより豊かな〈全体史〉を構築していきたい。

選評

「全体史をめざした画期的大著」黒田日出男

 日本中世を全体史的にとらえることは、権門体制論・顕密体制論を提起して中世史学のみならず宗教史・思想史・日本文学研究などに巨大な影響を与えた故黒田俊雄氏の目指したところであった。その学説をあくまでも批判的に引き継いだのが本書である、と言い得るであろう。とかく静態的と批判されがちな権門体制論と顕密体制論を、著者はあくまでも動態的・形成過程的にとらえ返そうと全力を尽くしている。
 序章は、史学史・研究史のなかに自らの立場を位置づけて明快である。第一部では、一〇世紀後半からの中世王権の創出をその正統性を軸に論じ、中世王権の民衆的基盤にまで迫り、王権としての藤原道長の重要性が指摘される。そして中世の神祇秩序・神観念の形成を王権による支配秩序の形成と関連づけて把握するとともに、院政期を大規模造営の時代として、その史的意義が論じられる。第二部は、各論的にとどまっている章が多いが、中世における国家と仏教の関係が形成過程史的に論じられている。そして第三部では、著者の本領である財政構造論が展開され、中世王権と国家の形成が財政構造の成立過程に即して解明されているのである。
 著者は自説の主張に大胆であり、見解を異にする研究者に対しては率直な批判を試みている。随所に論争の種がまかれているのだ。しかも、序章を導きの糸として読み進めれば、専門を異にする人にも、どんな論点がどのように重要なのか、著者の全体史的構想とはいかなるものなのかが分かる。その限界も。すなわち、論争のための条件はすべて整っている。
 つまり、中世王権論を主軸に過程的・動態的に中世社会の形成を把握した、この大著の本領は、壮大なスケールでの問題提起にあると言えるだろう。比較的小さなテーマを深く掘り下げる研究が蔓延している感のある今日の日本中世史学に、このようなスケールの仕事が出現したことの意義は極めて大きい、と私は思う。日本中世史研究に活気に満ちた論争の時代がやってくることをぜひ期待したい。


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