角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第34回角川源義賞【歴史研究部門】受賞
『中世天照大神信仰の研究』(法藏館刊)
伊藤 聡
【受賞者略歴】
伊藤 聡(いとう さとし)
1961年、岐阜県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科東洋哲学専攻後期博士課程満期退学。博士(文学)。現在、茨城大学人文学部教授。著編書に、真福寺善本叢刊6『両部神道集』(翻刻解題)、『「偽書」の生成――中世的思考と表現』(共編著)、『中世神話と神祇・神道世界』(編著)、『神道とは何か――神と仏の日本史』など。

受賞のことば

伊藤 聡

 思いもかけずこのような賞を頂き、光栄に存じます。本書のテーマである中世神道の問題は、私が取り組みはじめた一九八〇年代後半においては、日本史・思想史方面では神道史・仏教学の一部で行なわれていたに過ぎませんでした。しかしそのいっぽう、中世文学の分野では「中世日本紀」「中世神話」として注目されつつあり、私は主にこの動きに導かれて研究を始めたのでした。ですから今回、本書を「歴史研究」として評価して頂いたことに、研究状況の大きな変化を感じます。また、私が着手したころは、中世神道の基礎的文献の調査研究が十分ではなく、その作業は教理書、印信、儀式次第等の発掘から始めることになりました。本書を構成する各章の多くは、かくのごとき資料調査の過程で見出した秘説や秘儀を解読する中での着想が元となっています。ようやく、このような形にまとめることができましたが、多くの課題が残されたままであり、本書はその中間報告というべきものです。新たな資料の出現等によって見直さなくてはならなくなるところも多々ありましょうが、このたびの栄誉を励みとして今後も研究を継続していきたいと思っております。

選評

「今後の〝核〟となる中世神道の思想史」黒田日出男

 『中世天照大神信仰の研究』は、天照大神をめぐる「言説」を博捜し、その思想内容を読解することによって、中世神道を多面的に描き出した思想史の大著である。中世神道の研究は、一九八〇年代に大きな転機を迎えた。故伊藤正義による問題提起を受けとめた日本文学研究者らが、次々に「中世日本紀」のテキストをさがし出し、中世神道を狭義の「神道書」の世界から解き放っていったからだ。とくに山本ひろ子の一連の仕事は、著者にも大きな刺激を与えたのであった。
 かくして中世神道の研究を志した著者は、一九九〇年代にそうした研究潮流に加わる。日本文学研究者らの諸寺社での文献調査に参加して鍛えられ、次々に紹介されていくテキストの読解を通じて、中世神道の有り様を思想史的に把握していったのである。遅れて参加した者のなすべき研究とは何か。それは多様に広がっていく研究をまとめ上げ、骨格的な把握を成し遂げることだろう。それは誰でも出来ることではない。仏教史と神道史を学び、文学研究者と共に寺社での文献調査に従事しつつ、二〇年間にわたって思索を重ねてきた著者だからこそ可能であったのだ。
 五部構成の大著はとっつきにくいように見えるが、実はそうではない。緒言の研究史と課題設定は明快であり、各章も読み進むのに困難はない。そして何よりも、その中世神道の思想史的把握がはっきりとしている。これでようやく「中世日本紀」と中世神道の緒言説を、日本史研究者や中世神道に関心のあるさまざまな立場の者たちが理解したり、論じたりすることが可能になった。中世神道の〝核〟となり〝要〟となる仕事がついに現れたと言えるであろう。
 問題は、本書の中世神道の内容把握が、中世寺院史・宗教史研究を牽引した故黒田俊雄の中世神道の位置付け、すなわち中世神道はあくまで中世仏教の〈化儀〉であり、独立した存在ではないとする見解をはたして超えられたか否かだが、これは著者だけでなく、中世神道を歴史的に把握しようと思っているすべての論者や読者に向けられた〝問い〟である。さあ、皆で論じ合おう。


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