角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第35回角川源義賞【歴史研究部門】受賞
『倭国史の展開と東アジア』(岩波書店刊)
鈴木靖民
【受賞者略歴】
鈴木靖民(すずき やすたみ)
1941年、北海道生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程満期退学。文学博士。現在、横浜市歴史博物館館長、國學院大學名誉教授、中国・鄭州大学客座教授、北京大学特約研究員。著者に、『古代対外関係史の研究』(吉川弘文館、1985年)、『日本の古代国家形成と東アジア』(吉川弘文館、2011年)、『比較史学への旅―ガリア・ローマから古代日本へ』(勉誠出版、2012年)など。

受賞のことば

鈴木靖民

 角川源義賞という人文科学最高の賞を授けられ、大変光栄に思います。
 本書は倭国と称された三~七世紀の日本古代の王権の歩みを、記紀のような日本の史書でなく、主に中国・朝鮮の史書、金石文などの海外史料の分析、および考古学の成果によって論じたものです。当然のことながら、倭国の王権の展開を中国や朝鮮の諸国との関係からみることになっております。さらに国家形成の理論を近年の欧米の首長制社会論に学んで、日本古代史に応用する試みをも盛り込みました。本書のもとになる論考は一九八〇年代初めに公にし、以来私なりに国際社会のなかでの王権・国家による社会統合の歴史像を追究してきましたが、なお不十分です。今日、初期国家の存在を唱える考古学が主流ですが、国家の実態がピラミッド型の首長制社会の上に成り立っているとの見通しは棄て難いと思っております。
 東アジアの視角から日本史を捉えること、世界のなかでの日本の国家形成の理論と実証を鍛えること、これらを若い歴史研究者に受け継いで頂きたいと願っております。

選評

「倭国史を世界史に位置付ける試み」石上英一 

 受賞作『倭国史の展開と東アジア』は、三~七世紀の倭人社会・倭国の東アジア世界の国際関係のもとでの通史、それを実証する金石文や中国・朝鮮三国史料の分析、そして倭国史を世界史に位置付けるための首長制社会理論の提示からなる。
 一九八五年に刊行された鈴木靖民さんの『古代対外関係史の研究』は、七世紀後半~九世紀の日本と新羅・渤海との関係史を新展開した書として高い評価を受けた。しかし鈴木さんはそこに停まらず、一九八〇年代前半期から新視座による倭国・日本の形成・展開研究を開始した。第一に、倭国史を、記紀によるのではなく、金石文(石上神宮七支刀銘隅田八幡宮画像鏡銘、高句麗広開土王碑文など)や中国・朝鮮三国の史書により、韓国や中国における研究動向を吸収しながら、再構成することを目指した。一九八六~七年には、吉林大学に滞在し、高句麗広開土王碑・渤海の地を体験された。その後も積極的に中国・韓国の史跡を巡り、研究者との交流を深められている。第二に、新進化主義文化人類学の首長制社会論を学び、二・三~七世紀の倭人社会・倭国の展開と律令国家への胎動を、原始・古代社会論から捉え直すことを試みた。石母田正の在地首長制論、古墳時代考古学研究の初期国家論に対し、理論体系を首長制社会論として独自に構築したのである。
 この三十年余に及ぶ研究の成果は、七世紀後期の日本を中心に渤海史も論じる『日本の古代国家形成と東アジア』(二〇一一年)に続く本書により、中国大陸・朝鮮半島の歴史を前提とする倭国史・日本古代国家成立史の壮大な構想として改めて学界に提示された。倭人社会の国際化から七世紀後期の律令制成立期までを対象とする本書には、史料実証と理論から原始・古代の日本を国際環境の中で把握し直す研究の成果が示されている。首長制社会論の視座は、倭国史研究を世界史的観点から見直す提言として、学界の議論を促すことになろう。
 鈴木さんは、この間、九世紀の円仁「入唐求法巡礼行記」研究、古代後期~中世前期並行期の南島社会史研究も先導されている。それらの研究の今後の展開にも期待したい。


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