角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第36回角川源義賞【歴史研究部門】受賞
『日本中世境界史論』(岩波書店刊)
村井章介
【受賞者略歴】
村井章介(むらい しょうすけ)
1949年、大阪府生まれ。1974年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。同大学史料編纂所、文学部・大学院人文社会系研究科を経て、2013年より、立正大学文学部教授。東京大学名誉教授。博士(文学)。受賞作と関連する近著に、『日本中世の異文化接触』(東京大学出版会、2013年)、『境界史の構想』(敬文舎、2014年)がある。

受賞のことば

村井章介

 日本史専攻と称しつつ日本をはみだした領域に手を出したのは、史料編纂所に職を得てまもないころでした。それも運命だとかいうのではなく、人の余りやっていないテーマもおもしろそうだな、という程度の動機でした。
 その後、社会が国際化の大波にもまれるなかで、日本史学においても外交、対外意識、人や物の移動など、広義の「対外関係史」に関心がむけられ、研究者や論文・著書の数も格段にみえました。私の問題関心も「対外関係史」の占める割合が増大していきましたが、国家間関係に直結し、制度化された部分よりは、国家領域のはざまにあって、その広がりも人間類型も、ひとことでは言いあらわせない不定形の「境界」に、もっとも心ひかれました。今は国境紛争の場として意識されがちな境界が、過去に湖るとゆたかな人間活動や生産の場という姿をあらわします。
 そうした境界を対象に構想される「境界史」もあっていいのではと思い、名乗りをあげてみたのが本書です。それが思いがけなくも栄誉ある賞の対象となり、「境界史」ともども心より御礼申しあげます。

選評

「アジアの「境界」から中世日本を照射」黒田日出男

 昨年に続いて今年も、アジアのなかに日本史を位置づける仕事が受賞作となった。日本の対外関係史研究が一つの大きな収穫期を迎えたことを実感する。
 村井章介さんは、一九八八年に最初の著作を発表して以降、一貫してアジアのなかに日本中世を位置づける研究をリードしてきた。受賞作『日本中世境界史論』は、そうした一連の仕事の中心を占める作品である。「日本中世の国家と境界」「海域社会と境界人」「境界を往来するモノ」「境界と中心の古琉球」の四部構成とされ、合計十四本の論文がぎっしりと詰まり、そのいずれもが厳密な史料解釈に基づいた、創見に満ちた明快な仮説を提示している。実に見事な論文集となっているといえよう。
 前近代の国境は線ではない。国家の内と外を媒介する境界空間がある。そこに生きていたのは「境界人」と呼びうる存在、すなわち「倭人」(日本人ではない)を典型とする人々であった。諸国家のはざまでの「交通」の媒介者として生きていた彼らは、諸民族集団の入り交じった存在であり(どのように混住していたかは大きな問題だが)、どの国家に属しているとはいえない活動をしていた。そうした、アジアの広やかな海域を舞台として国家間の媒介者として生きた境界人たちに視座をすえることによって、村井さんは、アジア海域の「境界」における歴史を解明し、そこから中世日本史をも照射したのであった。
 だが、彼ら境界人の交易(貿易)、外交、海賊などの諸活動を、正負両面において具体的に把握することは決して容易ではない。史料は多くはない。というより、解明すべき境界空間の広大さと比べれば、残された史料はあまりにも少ない。しかし、村井さんは、対外関係史の大先達であった田中健夫さんの姿勢を受け継ぎ、文献史料・考古資料・画像史料等々、およそ手がかりとなり得る史料はどのようなものでも取り上げて分析する。そして、それぞれの専門家の見解に寄りかかるのではなく、自らの判断を示す。このような史料学的な挑戦の姿勢も、今後の対外関係史研究に深い影響を与えるであろう。


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