角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第37回角川源義賞【歴史研究部門】受賞
『近世の朝廷と宗教』(吉川弘文館刊)
高埜利彦
【受賞者略歴】
高埜利彦(たかの としひこ)
1947年、東京に生まれる。72年、東京大学文学部国史学科卒業。74年、東京大学大学院人文科学研究科中途退学。東京大学史料編纂所助手を経て、81年、学習院大学文学部史学科に着任。現在、同教授、大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻兼任教授。著書に、『シリーズ日本近世史3 天下泰平の時代』(岩波新書、2015年)、『シリーズ日本人と宗教近世から近代へ〈全6巻〉』(共編、春秋社、2014―15年)ほか。

受賞のことば

高埜利彦

 天皇・朝廷や神社を、日本古代史や中世史研究ではごく当たり前に研究対象にしてきた。
 しかし近世史研究では、戦後からの研究潮流として社会経済史と幕藩権力論が主に取り組まれてきた。目の前の地主制の原因を解明するという社会的要請があったのに応えるものであり、政治史においては、天皇・朝廷を除いた幕府と藩権力に限定した解明を目指した。戦前からの先輩達には、天皇や神社を研究するには大きな抵抗感が存在していた。その結果、近世の全体像の中に、天皇・朝廷や神社を位置づけることなく時間が経過した。
 明治維新から近代において、天皇・朝廷や神社が国家上の重要な存在となったとき、ではなぜ幕末に天皇が突然浮上するのかの問いに、近世史研究者は答えられなかった。このような研究状況の中で、次世代の研究者とともに取り組んできた研究成果を本書にまとめることができた。
 今回の受賞は、私どもの研究が日本史像に必要なものとの評価を戴いたと考え、次世代の仲間とともに率直に喜びたい。

選評

「近世天皇・宗教史研究を主導」 藤井讓治

 受賞作『近世の朝廷と宗教』は、近世の朝廷や宗教を国家・社会のなかにいかに位置づけるかを探究した書で、一九九〇年代以降の近世天皇・朝廷研究、宗教史、身分制研究に的確な方向性を与え、その後の研究を主導してきたものであり、高く評価したい。
 近世中期の天皇・朝廷研究は、高埜氏が本格的に取り上げる以前には、研究者の関心をほとんど引くことはなかったが、氏の研究は、そうした状況を打破し、近世初期に将軍・幕府による強い統制下におかれた天皇・朝廷が、幕末期に浮上するまでの過程を、天皇をも含めた公家社会と武家との対抗関係とその変貌の様相を通して明らかにする。
 第Ⅰ部「近世の天皇と朝廷」では、綱吉期、国内外の「平和」な時代に適応した国家支配原理のなかで、天皇を含む朝廷の持つ権威が、将軍・幕府権威に協調するよう改変され、ついで、その一〇〇年後、国内外の矛盾と危機意識の昂揚のなかで、危機回避のために朝廷権威は公家や門跡のモビリティーを前提に自力浮上し、やがて従来の将軍・幕府を中心にすえた国家秩序を解体に向かわせたとする。
 第Ⅱ部「近世の宗教・地域社会・身分」では、近世の神社制度の確立過程を、まず朝廷祭祀のありようを述べ、その外側に全国の神社と神職が存在し、それを吉田家等が幕府の出した「諸社禰宜神主法度」を梃子に編成していったと論じる。その上で、地域社会でどのようにそれらが展開したのかを、駿河国駿東郡御厨地区を対象に具体的に描く。
 第Ⅲ部「近世通史における朝廷と宗教」では、一七世紀後半から一八世紀前半の幕政の展開を跡づけ、その上で天皇・朝廷、また宗教的世界を、緩やかな転換に注目しつつ位置づけることで、第Ⅰ部、第Ⅱ部での分析を通史のなかに定置する。
 このように本書は、近世の朝廷・宗教研究を、それぞれ孤立した研究に止めることなく、政治・社会の流れを踏まえ、またその緩やかな転換に注目することで、豊かな近世史像を描き出している。


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