『萬葉集抜書』
京都大学教授佐竹昭広氏の万葉関係の論文集成である。収められた16編の論文における著者の意図は、万葉集を言語研究の素材としながらも、それをさらに「人間の学」として確立するという点にあるように思われる。氏の論究は、まず万葉の詩歌を言語の最小構成単位である単語にまで分解することから始まる。その一語一語の用法を同時代、あるいは後代のものと比較検討する中で、個別的。対象的・直感的であった万葉びとの「こころ」が解き明かされる。そして同一単語の指し示す意味の変遷を追求することによって、心性の発展史とでもいうべき思考形態の進化が浮き彫りにされるのである。なかでも色名に関する研究は、時とともに具象から抽象化へと向かう言語発達の道筋が鮮やかに描き出されているといえよう。内外の文献、とりわけ心理学・言語学を援用しつつ進められる行論は精緻で示唆に富み、万葉学のさらなる広がりを感じさせる一書である。