角川源義賞

第43回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第43回 受賞のことば・選評公開
角川源義賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第40回角川源義賞【文学研究部門】受賞
『中世和歌史論―様式と方法』(岩波書店刊)
渡部泰明
【受賞者略歴】
渡部泰明(わたなべ やすあき)
1957年、東京都生まれ。86年、東京大学大学院博士課程中退。東京大学文学部助手、フェリス女学院大学文学部専任講師・助教授、上智大学文学部助教授、東京大学大学院人文社会系研究科助教授を経て、現在、同大学教授。博士(文学)。著書に、『中世和歌の生成』(若草書房、1999年)、『和歌とは何か』(岩波書店、2009年)ほか。90年、論文「藤原俊成における『姿』」などにより第16回日本古典文学会賞受賞。

受賞のことば

渡部泰明

 本書に収められた論文は、東京大学赴任以降、研究を第一とした、どんなことでもたちどころに教えてもらえる恵まれた環境の力によって、この世に押し出されたものばかりです。研究室の同僚はもちろんのこと、親しく教えを賜った研究仲間の存在も大きく、そうした方々の支援と教示に対し、このたびの受賞によって、具体的な形とともに感謝の意を表せることを何より嬉しく思います。
 けっして謙遜して申し上げているのではありません。私の研究が、自分の関心に答えたいという、徹頭徹尾個人的な動機に基づいているために、常に他者に自分を委ね託していないと、自己閉塞を起こしてしまうことがわかっているからなのです。それは、和歌を持続させた力学とはどのようなもので、そこに詩的達成はどのように関わっているか、という関心でした。今後は、なぜ和歌は続いたかを和歌史全体から考えること、また、なぜ古典を学ぶのかという若い人たちからの問いに答えることを課題としたく思いますが、今回の受賞は、そういう大それた目標を立ててもよい、自分なりの答えを出してみよと、勇気づけていただいた気がしています。ありがとうございました。

選評

「周到な分析と鋭い感性の拓く中世和歌表現史論」 原岡文子

 王朝貴族文化への憧憬を踏まえ、未曾有の歌壇の活況のもとに『新古今和歌集』の成立を見た中世は、俊成、定家の名歌はもとより、むしろ古代以上に多くの人々によって和歌が詠まれた時代でもあった。古代和歌を受け継ぎつつ、中世和歌はどのように固有の表現を達成したのか。本書は、その詩的達成を、曽禰好忠、和泉式部等、源泉としての古代和歌から、本居宣長に至る近世までを視野に入れ、「様式」と「方法」という語に焦点を絞って明快に解析する射程の長い表現史、文学研究の優れた成果である。
 その意味で研究の王道を行く本書は、けれども同時に、歌壇の動向等和歌をその外側から捉えようとする傾向の目につく従来の和歌研究の姿勢とは、実は大きく異なる視座が際立つ。本書の大きな特色は、和歌の外側より、むしろ和歌の「作り手」、「作者」の側に立って、具体的な和歌のことばに可能な限り寄り添いつつ、著者固有の鋭い感性と細密な実証に基づく極めて果敢な読みを周到に開示する姿勢にある。題詠、定数歌等の定着により促された中世和歌の「様式化」と、歌人主体はどう切り結ぶ「方法」を獲得するのか。「類型的な性格をもつ表現のあり方」を意味する「様式」とは、煎じ詰めるとことばをめぐる「連想」の定式化だと、著者は序章に説く。だからこそ連想の編み目の中に主体の発想がどう選び取られるかという構図、作り手の「方法」と「様式」との交錯、せめぎ合いの中に、中世和歌の核が炙り出されることとなる。「自分を他者の目で見る」和泉式部の発想の系譜に、やがて西行詠の「演技」、そして俊成の「縁語的思考」による表現が立ち現れ、また連想の編み目の間(あわい)に「空白」を置く定家の方法が生まれる。「演技」「縁語的思考」の鍵語を梃子に、中世和歌表現の達成を実証する著者の分析過程は迫力に溢れ、結果的に浮上する各々の和歌の輝きが、なお一般読者をも魅了してやまない展開となっている。


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