義江明子
六世紀末から八世紀後半まで、古代には八代六人の女帝がいました。同じ時期の男帝とほぼ相半ばする数ですが、彼女たちは、これまでは男帝から男帝への継承をつなぐための「中継ぎ」、あるいは男帝にはない特殊な宗教的能力をもつ「巫女」とみなされてきました。それに対して本書では、一九八〇年代以降めざましい進展をとげた王権史の成果と女性史の成果を総合し、新たな女帝像を示すことをめざしました。その結果、男女の長老が統率する古代社会の双系的構造を土台に、男の王と同様の課題を担って王権の確立にとり組んだ女の王の姿が見えてきたのです。
通説の見直しは、「中継ぎ論」「巫女論」の学説形成の背景を史学史的に問い直すことと、すでに使い古され手垢のついた史料を、史料批判の原点に立ち返って一つ一つ厳密に検討することで、可能になりました。氏(ウヂ)の構造分析、系譜様式論、古代女性生活史と、私がこれまであれこれと考えてきたことの全てが、本書の構想を支えています。遠回りに外堀を埋めるところから女性史研究を始めて四〇年、その節目にこのような大きな賞をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
「古代王権論再構築への新たな提起」 石上英一
義江明子氏は、『日本古代の氏の構造』(一九八六年)・『日本古代系譜様式論』(二○○○年)・『日本古代女性史論』(二○○七年)等により、古代女性史研究の新分野開拓、ジェンダー史研究構築を進めてきた。受賞作『日本古代女帝論』は、六世紀末から八世紀後期(五九三~七七〇年)の大王・天皇十五代十三人のうち八代六人(推古、皇極・斉明、持統、元明、元正、孝謙・称徳)が女性であった事実について、双系制社会構造論の上に、女帝の即位過程と権力構造の具体的分析を行い、古代王権史の再構築を提起する。Ⅰ「古代女帝論の意義」の一「古代女帝論の軌跡」、Ⅱ「日本古代の女帝」の一「王権史の中の古代女帝」は、古代王権史・女帝研究史を総括し、女帝論を研究課題として明示する新稿である。著者はさらにⅡで、持統天皇・元明天皇・孝謙(称徳)天皇等の皇位継承・即位過程と権力を具体的に分析し、七世紀末から八世紀中葉の女性の大王・天皇の歴史的位置についての提示を行う。著者は、『古代王権論――神話・歴史感覚・ジェンダー』(二○一一年)の第四章「女帝」に、八代六人の女性の大王・天皇について研究の概要を提示しており、本書はそれを精述したものとなっている。Ⅲ「古代社会のジェンダー編成」は双系制社会における女性の社会的活動、Ⅳ「系譜論と女帝論の接点」は女帝論の基礎となる系譜様式論についての著者の最近の研究を提示したもので、著者の双系制社会構造論への理解を深めさせてくれる。
また本書は、明治維新後の天皇制の中で創成され、かつ戦後の象徴天皇制の展開の過程において変成された古代女帝像について、「聖俗二元論」、「巫女論」、「中継ぎ論」が成立しないことを論じ、近現代日本国家論への古代史研究からの提言を行っている。
義江氏には、さらに天皇号成立時期についての自説の再提言、後(しりへ)の政(まつりごと)を掌る皇后の天皇制における位置など、ジェンダー史の視点からの更なる研究を期待したい。本書は、日本史学界での、双系制社会構造論・天皇制論についての議論展開の一契機ともなる問題提起の書であろう。