吉田 孝
日本の律令国家は、中国から継受した律令制と、氏族制との二重の構造からなっていたので、律令制の成立と解体という視角だけでは、歴史の表層しか捉えられない。律令制が解体し始めるとされる天平時代は、律令国家の支配体制が氏族制的な社会に浸透してゆく時期であり、律令制と社会との交渉のなかから、平安前期に、日本的な国制・文化の原型が生まれてくるのではないか、という構想を私は懐いているが、残された問題が多い。この名誉ある受賞を、その課題への出発点としたい。
『律令国家と古代の社会』平野邦雄
久方ぶりに古代史の、そのもっともオーソドックスな分野について、わたしたちは本格的な論考を得ることができた。本書の扱う範囲は、八世紀を中心とする律令国家の公地・公民制、つまり編戸・班田・力役などについての法制から、家(宅)・氏族・集落、さらに交易という社会・経済の態様にまでおよんでいるが、法制を、たえずその成員基盤である社会・経済から問い直すというひろい視野に立っために、それらの有機性・一貫性が保たれているのである。
その手法は、日・唐をふくむアジアの視点から、律令をその法案だけでなく、立法の論理にまでさかのぽって相互に比較し、背後にある社会構造のちがいを正確にほりおこしていく。それとともに、わが国の社会の実態について、基底にあるイへ(ヤケ)・ウヂ・ムラや、在地における交易の機能を、きわめて歴史的・実証的な方法で一つ一つ解きほぐしていくのである。
このようにして、法と社会の接点が見事に浮び上り、歴史家としての透徹した展望がひらかれている。これは長年にわたる研究なくして生まれうる成果ではないが、また長年の研究だけで生まれる性質のものでもない。そこには歴史的事実の分析におけるなみなみならぬ氏の力量を感ずることができる。
吉田氏はこのような成果をさらに大成されることであろう。