野村純一
本書では、わが国の昔話の在りようをその伝承実態にそくして、「非日常の言語伝承」(ハレの日の昔話)と「日常の言語伝承」(ケの日の昔話)に二分して抑えた。それぞれの顕在的な特性として、前者の“語り”には秩序と序列が存し、それはしばしば村落の慣行習俗の中にあって、民俗そのものを形成している。後者の“話”は、いったいに広く世間に流布して自由であり、容易に改変、改竄を許した。結果としてこちらには文芸質、もしくは文芸性が一層色濃く認められる。ここに両様相俟って、日本の昔話伝承の特徴が存すると位置づけた。
汎く各地にあって、実際に昔話を語って下さった古老の方々に改めて、お礼の言葉を申し述べたい。
『昔話伝承の研究』吉川泰雄
本書は、著者が羽越地方をはじめ日本各地に昔話を採集しつつ、その伝承の実態に触れて推進してきた研究の成果をなす。
第一部に「非日常の言語伝承」を抑える。ハレの日につけて昔話が語られたり、土地の大切な習俗につけて昔話が語られたりする。村の語り部を担う爺や媼は、かかる昔話の管理伝承権を有し、重い家すじ、家格の人人であり、囲炉裏における座にきまりがあった。昔話どもの最初に語られる、謂わば三番叟的昔話のあったことが考えられ、「河童火やろう」譚もここに注目される。祝儀の昔話として多様多趣の鶴亀問答、正月・大歳に関わる水神少童の訪れ、習俗禁忌に結び付く「鮭の大助」や「子育て幽霊」、庚申信仰に関わる東方朔の昔話などを挙げて精述する。
第二部には「日常の言語伝承」として、日常世間に解放されたケの話について論じる。奇智譚・滑稽譚・怪異譚などの生成と波及、またその保持者について考究する。
また「話」や「伽」などの意味・位相を追究し、昔話と伽との関わり、昔話と説教、伊曽保物語だねの昔話のこと、お伽衆藩士の家の昔話など、昔話の歴史的研究にも踏み込んでいる。
本書の所論は、恰好の例話を十分に提示しつつ展開され、基本的意図は、昔話はロ承の文芸ながら民俗に繋がっており、ことに世に生きた人間の介在によって伝承されているものであることに、昔話への関心者を留意せしめようとしている。
実感と実証に立った力作であり、至当の提言が高く評価される。