黒田日出男
父の存命中に何とか自分の仕事に一区切りをつけたいとまとめた仕事ですので、私にとって大変うれしい評価をして頂いて感謝に堪えません。日本中世の歴史に広義・狭義の「開発」という視角から照明をあてるのが本書の狙いだったのですが、その作業は今後なお続行し続けなければなりません。またこの度の受賞を糧として、「絵画史料学」など新たなジャンルへの挑戦をしたいと思っています。
『日本中世開発史の研究』永島福太郎
本書は、論考一六編を収め、本論を三部に分けている。第一部は「開発・農業技術と中世農民」を第一章として中世成立期(院政時代)に注目、全国各地の「塩堤」開発の活発化、農具所有や農業技術の進展を指摘するが、とくに当代開発の特徴は荒野や畠地の開発、畠作の増大にあり、麦畠・片畠が水田の定田・荒田に対応するものとする。従来の水田重視の批判をこめたこの新説は、同氏の細密な史料考証にもとづくもので、本書の圧巻である。なお畠と畑の違いを考証、関連して東国の二毛作の伝播を現地文書から分析している。次いで大規模開発として大井川河口の中世後期の島の開発、近世初頭の庄内平野開発を詳説、中世開発の大名開発への移行を語る。この両編を加えることで対象地域も東と西とにわたるし、開発によって造成される村落諸階層ないし開発の主体が論ぜられ、いちおう中世開発の通史が成立する。
第二部は荘園体制と広義の開発とを論じ、中世的山地開発の場としての黒山、山地・荒野四至内の領掌権の意義を明らかにする。さらに「中世的河川交通の展開と神人・寄人」は神人・悪僧らの跋扈時代、東大寺領黒田庄だが、春日社神人・興福寺寄人らの在地活動が語られる。やがて春日社が当地方に分布するゆえんを説く。第三部の「農業技術と民衆意識」は民衆活動の田遊び・田楽を開発と関連づけ歌謡を農耕技術史料としてとりあげる。詞章の成立年代を明らめ、民衆意識の推移を追求する。なお既掲の神人・悪僧らもここで再論考察されている。
この好著を推奨する。いっそう愛読批判されることで中世史の前進が期待できる。