城山三郎賞

第8回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第8回 受賞のことば・選評公開
城山三郎賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第2回城山三郎賞受賞
『ニッポンの裁判』(講談社刊)
瀬木比呂志
【受賞者略歴】
瀬木比呂志(せぎ ひろし)
1954年、名古屋市に生まれる。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。裁判官として東京地裁、最高裁等に勤務、アメリカ留学。並行して研究、執筆や学会報告を行う。2012年、明治大学法科大学院専任教授に転身。著書は、『絶望の裁判所』(講談社現代新書)、『リベラルアーツの学び方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等多数。

受賞のことば

瀬木比呂志

 姉妹書である『絶望の裁判所』が、書くべきことはすでに頭の中にあり、どのように表現してゆくかだけを考えればよい書物だったのに対し、『ニッポンの裁判』は、日本の裁判全体の構造的・批判的分析という難しいテーマの本であることと、専門的な内容を、いかにして、興味深く、わかりやすく、コンパクトに凝縮することができるかという課題とで、章立てから難航した書物だった。中核になる個々の裁判の分析、また、裁判官の孤独や人々の司法理解の必要性を説いた最終章等については、何度となく書き直している。
 私は、一般書のみならず、法律専門書をも含め、どんな本でも、一つの作品のつもりで執筆し、そのようなものとして心血を注いできた。先の姉妹作は、さらに、古巣の裁判所を批判するという意味でも、精神的な負荷の大きな書物だった。いかなる状況下でも個として懸命に生きる人間を描いた作品、あるいはそうした著者に与えられるという城山三郎賞を本書が受賞したことで、私のそんな努力も報われたという気がしている。
 ありがとうございました。

選評

「民主主義を保障すべき司法のあり方を問う」 片山善博

 第二回城山三郎賞は選考委員の合意で瀬木比呂志さんの『ニッポンの裁判』とした。一般に知られることのない社会の腐敗や不公正を抉り出す作業には勇気と正義感を必要とする。それは城山三郎さんの遺志を継ぐことであり、この賞にふさわしいと考えたからである。
 本書は、わが国の司法は憲法が想定する役割を適切に果たしていないと、具体的事例に基づき厳しく批判する。最高裁判所を頂点とする司法は、三権分立の原理の下で国民の権利を擁護することを最大のミッションとする。ところが、現実には国民の権利よりもともすれば自分たちの組織を守ることに汲々とする。そんなありさまを実に説得的に描いている。
 そもそも三権分立の意義は、時に暴走する国会や政府の行動を司法が憲法に基づき抑制し、矯(た)ためることにある。その司法が政治権力に阿(おもね)ったり、その意向を忖度(そんたく)したりしているようでは、せっかく憲法が保障する国民主権の原理すら絵に描いた餅になりかねない。司法の退廃は民主主義の基礎を崩す重篤な病だと知るべきである。
 昨今の政治には、国の将来を左右するほど重要な事柄であっても、国民の合意を蔑ろにしたまま性急に決める傾向が強い。憲法の規範に拘泥しない荒っぽい風潮も顕著である。いきおいそれらは司法の場に持ち込まれざるを得ない。安全保障法制しかり、名護市辺野古沖の埋め立ても原発再稼働もしかり。司法の役割と責任は否が応でも増している。その司法の内情を知り、そのあり方を考えるきっかけを与えてくれるのが本書である。
 一般に、どんな作品にも著者独特のものの見方や考え方が入り込む余地がある。まして、当の司法の世界に長く身を置いていた著者であれば、そこに複雑な感情が投入されている可能性は排除されない。おそらく、ここで批判された人や組織には著者とは異なる見解もあるだろう。そうした異論や反論を含めて、この際わが国の民主主義と社会のゆくえを左右する司法の現状認識が深まり、その改革論議が盛り上がることを期待しているし、それを城山三郎さんもきっと喜んでくれるものと思う。


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