城山三郎賞

第8回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第8回 受賞のことば・選評公開
城山三郎賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第6回城山三郎賞受賞
『資本主義と闘った男─宇沢弘文と経済学の世界』(講談社刊)
佐々木 実
【受賞者略歴】
佐々木 実(ささき みのる)
1966年、大阪府出身。1991年に大阪大学経済学部を卒業、日本経済新聞社に入社。1995年に退社してフリーランスのジャーナリストに。宇沢弘文が主宰する同志社大学社会的共通資本研究センターに参加(2005~09年)。『市場と権力「改革」に憑かれた経済学者の肖像』(講談社、2013年)で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第12回新潮ドキュメント賞を受賞した。

受賞のことば

佐々木 実

「資本主義」を語れずして、「世界」は語れない。そんな時代になりました。ただジャーナリズムは本来、小さな事実を積み重ね出来事をとらえる。「資本主義」「世界」などという言葉をふりまわすのは邪道です。宇沢弘文の評伝を執筆する困難のひとつはそこにありました。それでもあきらめなかったのは、危機の時代に、独創的な経済学で自由主義思想を紡ぎ、世界に向かって発信したひとりの日本人がいたことを伝えるためでした。
 宇沢弘文はわたしの先生でもありました。出会ってまもないころの話です。ふたりで食事して店の外に出ると、陽はとっぷり暮れていた。別れ際、先生がなにかつぶやいたけれども、車の騒音で聞き取れず、一歩近づいて耳をすませました。
「いっしょに、ココロザシをもってやろう」。たわいない会話のあとの唐突な言葉でした。碩学が「いっしょに」などと口にしたのも妙だった。でも、なぜか駅までの帰り道、心のなかで「ココロザシ」「ココロザシ」とつぶやきながら歩いていました。
「ひとりびとりのココロザシを大切にする」。それを可能にする社会を探究した宇沢弘文の経済学は新たな思想を生みました。『資本主義と闘った男――宇沢弘文と経済学の世界』は思想の書でもあったのです。

選評

「人間のための経済学――宇沢弘文の思想と行動に光をあてる」片山善博

 第六回城山三郎賞は、選考委員の合意により佐々木実さんの『資本主義と闘った男――宇沢弘文と経済学の世界』を受賞作とした。
 個人的なことにふれて恐縮だが、筆者が鳥取県知事を務めていた時、宇沢弘文さんを顕彰する準備に取り掛かっていた。当時鳥取県では県にゆかりの深い先哲、賢人の偉業や功績を顕彰する事業を進めていた。その際、市場原理主義が大手を振ってまかり通る当節、宇沢さんの思想や行動を世に紹介することは意義あることだと考えたからである。
残念ながら筆者の知事在任中には宇沢さんまで順番が回ってこなかった。その理由の一つは、対象者は美術家や音楽家などにも及ぶ幅広い分野から選ばれ、しかも社会科学の分野では必ずしも出生順というわけではないものの、憲法学の佐々木惣一さん、政治学の矢部貞治さんなどが控えていたことである。
 もう一つの理由として、正直なところ宇沢さんのことがよくわからないという事情もあった。数理経済学での高い業績が常人の理解を越えているという点は置くとして、その実像を把握することが困難だったのである。高名な割には、ふさわしい資料が乏しかった。
 このたびの佐々木さんの労作は、宇沢さんの人となりを、その良いところもそうでないところも余すところなく追っている。特に、宇沢さんの導いた人たち、切磋琢磨した人たち、あるいはその教えを受けた人たちの人物像や彼らの語りを通じて、宇沢さんの全体像を丁寧に形作っている。著者の労苦が滲み出ている部分である。併せて、宇沢さんと交流のあった経済学者だけでなく、彼らに影響を与えた経済理論の系譜をも詳述することによって、いわば宇沢弘文に収斂する経済学史のすぐれた解説書にもなっている。
 今、SDGs(Sustainable Development Goals)が注目されている。持続可能性と誰一人として取り残さないとする理念は、宇沢さんの社会的共通資本の考え方と明らかに通底する。資本主義と闘った宇沢弘文の思想が、受賞作を通じて広く共有されるよう願っている。


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