城山三郎賞

第8回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第8回 受賞のことば・選評公開
城山三郎賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第7回城山三郎賞受賞
『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社刊)
三上智恵
【受賞者略歴】
三上智恵(みかみ ちえ)
ジャーナリスト、映画監督。毎日放送を経て琉球朝日放送のキャスターを務めながら、沖縄戦や基地問題のドキュメンタリーを製作。2010年、放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村』はキネマ旬報文化映画部門一位ほか一七の賞を獲得。フリー転身後、『戦場ぬ止み』、『標的の島風かたか』、『沖縄スパイ戦史』(大矢英代共同監督)公開。書籍『証言 沖縄スパイ戦史』で第六三回JCJ 賞受賞。

受賞のことば

三上智恵

 沖縄で報道の仕事をして二五年。辺野古、高江、自衛隊ミサイル基地建設に揺れる先島で抵抗する人々を映し、理不尽な構造を白日の下にさらしこの不条理を終わらせたいと願った。しかし沖縄の軍事要塞化は止まらない。「誰かの暮らしを犠牲にしてでも、私は安心したい」という無言のエゴイズムが報道を跳ね返す。ならばもう、沖縄戦から直接処方箋を得るしかないと思い到った。沖縄戦では敵の攻撃や餓死でもなく、日本の軍隊の仕業で数千の民間人が殺されていった。なぜなのか。「軍隊は住民を守らない」。これが沖縄戦の教訓だが、正確には「守れなかった」のだ。沖縄本島北部では十代の少年兵がゲリラ・スパイ戦を展開した。指導したのは陸軍中野学校出身の将校たちだった。機密を知れば少女までスパイリストに載せられ殺害対象になっていた。住民は守られるのではなく、戦力化され、最後は始末の対象になるという残酷な事実は、加害と被害が入り混じった沖縄戦の性質上長く語られなかった。でもそこに戦争の本質を知るカギがある。そう信じて話して頂いた辛い証言の数々が、この賞を通じて全国に拡散され、次の戦争を止めるワクチンとして機能し、強い軍隊によって守られたいという大衆の安易な願望を打ち砕く決定打になればこれ以上の喜びはない。

選評

「この本なしに、沖縄戦はもう語れない」 斎藤美奈子

 候補になった四作品は、いずれもユニークな視点で書かれた力作でした。
 秋山千佳『実像―広島の「ばっちゃん」中本忠子の真実』は、広島の基町アパートを拠点に、非行少年などの「生きづらさ」を抱える人々を支えてきた女性の半生を追ったルポ。常井健一『無敗の男―中村喜四郎 全告白』は、政界のプリンスとして将来を嘱望されるもゼネコン汚職で逮捕され、現在は復活して野党に所属する政治家に迫った人物ドキュメント。中川一徳『二重らせん―欲望と喧噪のメディア』は、フジテレビとテレビ朝日を中心に、黎明期から今日に至る、テレビ局とその周辺の権力闘争を描いた作品です。しかし、題材の衝撃度や掘り下げ方などにおいて、以上の三冊は、受賞作には及びませんでした。
 受賞作に決まった三上智恵『証言 沖縄スパイ戦史』は、沖縄戦の最中、「護郷隊」として召集された当時の少年兵たち(現在は八十代~九十代)の証言をメインに、沖縄戦の最暗部に分け入ったノンフィクションです。護郷隊とは、正規軍とは別の遊撃隊として編成された秘密部隊のこと。陸軍中野学校の出身者が指導にあたり、沖縄では十四歳~十七歳の少年が集められました。収録された二十一人の生々しい証言は、一次資料としても貴重です。が、本書はそこにとどまらず、隊長として少年たちにスパイ行為やゲリラ戦を指導した下士官や青年将校の側にも光を当てます。「本土から来た大学生が島の中学生と高校生を訓練して戦争をさせるようなもの」と三上さんは書いています。軍が、ときには島民同士が、同胞をスパイと見なして虐殺する「住民虐殺」の証言にも戦慄します。加害と被害が複雑にからみあい、これまでは表には出せなかったであろう当事者の声が丁寧に引き出されており、これしかない! と意見が一致。文句なしの受賞作となりました。
 すでに三上さんらが手がけたドキュメンタリー映画(『沖縄スパイ戦史』二〇一八年)が高く評価されている作品ですが、書籍版には映画では語りきれなかった詳細が描かれています。沖縄戦を語るうえで、本書は今後、外せない一冊となるでしょう。


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