城山三郎賞

第8回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.01.12更新
    第8回 受賞のことば・選評公開
城山三郎賞とは 受賞者一覧

受賞のことば・選評

第8回城山三郎賞受賞
『ルポ 入管──絶望の外国人収容施設』(筑摩書房刊)
平野雄吾
【受賞者略歴】
平野雄吾(ひらの ゆうご)
1981年東京都生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修了。共同通信記者。前橋、神戸、福島、仙台の各支社局、カイロ支局、特別報道室、外信部を経て、2020年8月からエルサレム支局長。「入管収容施設の実態を明らかにする一連の報道」で2019年平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞。共著に『労働再審2──越境する労働と〈移民〉』など。

受賞のことば

平野雄吾

 在留資格のない外国人を拘束する入管施設を初めて訪れたのは2017年秋だった。面会したパキスタン人は車いす姿で、体重が2年半で80キロから45キロになったといい、「難民申請が認められない」と嘆いた。取材を始めると、信じ難い話が出てくる。暴言、暴行、監禁、隔離、医療放置──。毎年のように死者が出ている。これが現代日本の一つの姿だった。難民申請者や元技能実習生、元留学生。行き場を失った彼らがたどり着くのが入管施設だ。収容者の背景を見ると、入管施設にはこの国の外国人政策の矛盾が凝縮されていることに気が付く。「不法滞在だから仕方ない」と責任を外国人に押しつける私たちの社会。司法審査のない無期限拘束を容認する私たちの社会。そこに自分が生きる残酷さ。無念さ。在留資格がなくても、彼らはここで生きている。「実存は本質に先行する」。そんな古くさくなったテーゼを時折、思い出す。
 外国人を通して眺めると、この国のかたちがよく見えてくる。権力や組織と個のあり方をみつめた城山三郎氏なら、絶大な裁量権を持つ入管という組織とその権力に命運を左右される外国人の姿をどう描くだろうか。久しぶりに『官僚たちの夏』を読みたくなった。

選評

「日本の不条理を凝視したノンフィクション」 魚住 昭

 斎藤美奈子さん、片山善博さん、それに私の3人が城山三郎賞の選考に携わるようになってからもう8年になる。毎回数冊の候補作の中から城山さんの遺志を最もよく体現すると思われるものを選び、著者にささやかなエールを送る。それが私たちの役割である。
 では、城山さんの遺志とは何だろう。一言でいってしまえば、それは社会の不条理を凝視し、表現することで、よりよい未来に向けた道筋をつけることではないだろうか。
 平野雄吾著『ルポ入管──絶望の外国人収容施設』はそういう作品だった。彼の取材で浮かびあがる収容施設の実態を見てほしい。これほど外国人の人権を踏みにじり、場合によっては死に追いやる国家機関が現代日本にあることに私たちは強い衝撃を受けた。
 今年3月にも名古屋の施設に収容中のウィシュマ・サンダマリさん(スリランカ国籍。当時33歳)が亡くなった。死因は餓死。ものを食べられぬほど衰弱した彼女が点滴も受けられずに放置されたのである。しかも職員が死に際の彼女をからかうような言葉を吐いていた。
 本作はウィシュマさんの死の直前に刊行されたので彼女の事件に触れていない。が、まるで事件を正確に予見したかのように、入管の暴力的・非人間的体質を克明にあぶり出している。そう、事件は偶々起きたのではない。外国人の「尊厳を奪」い、「屈辱を与え圧力をかけ」て日本から追い出そうとする入管体制が必然的に生んだものだった。
 共同通信の記者である著者は新人時代にハンセン病元患者のもとに通い、その苦難の歴史を聞き取った。エジプト特派員となってからはシリアやイラクから各地に避難した難民の動きを追い、日本に帰国後は3年がかりでクルド人やブラジル人、スリランカ人らの非正規滞在者や収容者との面会を重ねた。彼の視線は一貫して虐げられた者に向かっている。
 こんな記者がいるのを知って驚いた。そして、それ以上に心を揺さぶられたのは、日本に暮らす難民や非正規滞在者の無料医療相談をつづける医師や、彼らのために奔走する多くの弁護士たち、25年にわたって支援活動する市民団体の存在である。本作の受賞が、彼らの地道な努力にほんのわずかでも光をあてることにつながれば、私たちは本望である。(了)


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