近藤芳美
『黒豹』一冊の刊行ののち、わたしは今やや放心に似た疲労の思いのなかにある。険しい、ひとつの尾根を登り越えた思いと言えよう。その孤独な登陟のあゆみのあとを知るものも作者のひとりなのであろう。だが、行手にはさらに高い山嶺が天をかぎってそびえ合っている。それにむかって再び生涯の旅をつづけなければなるまい。
『黒豹』に対して第三回迢空賞のおしらせをいただいた。身にあまることとも言えるし、いくらか意外と思う感慨もいだく。意外というのは、わたし自身、わたしの作る作品が世の文学賞などというものと縁遠い部類と知っているからである。
だが、わたしはこの賞の選考の過程について若干の知識を持つ。それは、最後の決定に至る前提に広く推選のアンケートが求められているということである。
そうであれば、わたしの歌集に対しても多くの方々の好意がよせられていたはずである。歌壇の先進、友人よりのものである。それに対し、わたしは頭を垂れて感謝しなければならぬ。
歌集を世に出す、ということも思えば寂しいわたしたち歌人の仕事である。それは決して多くの読者を呼ぶものでもなく、世間的な注目を期待すべきものでもない。大半歌集が黙殺される運命にあることを考えれば、迢空賞をあたえられたわたしの『黒豹』はまれな幸運を得たというべきであろうか。
それにも関らず歌人たちが作品をつくり、歌集の刊行を重ねるのは、何か懸命に卵を地に生みつづける昆虫の生を思わせて悲しい。それは逃れられない本能あるいは衝動に類するものであろう。『黒豹』一冊の意味もそれに他ならない。