「これからを」澁谷 道
このたび図らずも第四十六回蛇笏賞を頂戴し、身に余る光栄と存じます。私はむしろこの瞬間に、最高の叱咤激励と、ある意味で最も厳しく温かい笞(むち)を戴いたものと受けとめております。
一句一句詠みつらねる愉しさを、題名でも表現してみたいという願望もまた、版を重ねるうちに起きてきまして、とりあえず十巻ということに決めたのでした。
こうして順に並べてみて或ることに気づいたのです。どれも一風変わった題がついていますが、それぞれが前の句集を受けたものというわけではなく、その時どきの自らの感情のゆらぎをはじめて吐露したものだったのです。そこにはひとつの流れのようなものを感じます。これこそが澁谷道そのものだということを発見しました。
先ゆきは決して容易ならざるものであると覚悟いたしております。
「成熟の風景」 金子兜太
澁谷道さんの全句集『澁谷道俳句集成』が受賞対象になったのだが、この全句集は「未刊句集」を含んでいて、過去の句業を土台に置いて現状を評価することができた。従来、前年の句集のみを対象として評価する方法をとってきたが、過去の句業を暗黙のうちに土台に置いていたことは事実だった。全句集はそれを目の前においてくれたわけである。
私は、〈灰のように鼬のように桜騒〉の載る第三句集『桜騒』の諧謔豊かな心象風景に感心し、次の『縷紅集』から徐々に出羽の山河や紅花が加わり、「物」への関心が重味を加えてきたことに注目してきた。これには、奥のほそ道の芭蕉主従を新庄に迎えて厚遇した澁谷甚兵衛の子孫であることへの自負、そして新庄の人たちへの親愛、たび重なる連句指導が十分に影響していると思う。
そうした経緯を積み重ねての「未刊句集」の成熟が、今回評価されたのである。
母在せり青蚊帳といふ低き空
ふる雪の綿菓子となり饑坂(ひだるざか)
山笑ふ活(い)くと休むと死とありて
「真に相応しい句集」 有馬朗人
今年度の蛇笏賞は、『澁谷道俳句集成』に決定した。この句集を著者から送っていただいた時から、これこそ蛇笏賞に相応しいと心ひそかに思っていた。二〇〇八年刊の第十句集『蘡』も、蛇笏賞として推したが成功しなかった。今年こそこの句集と思い選考委員会に臨んだ。嬉しいことに全員意見が一致した。
この句集には既刊の全句集と未刊句集として「蘡以後八十句」が収められている。そこに、
白雨きて愛(めぐ)しとみれば女人俑
母在せり青蚊帳といふ低き空
息つぎの垂れてそだちし氷柱かな
さしかけて黒揚羽よぶ黒の傘
など、実に若々しい佳句が多い。これだけでも十分蛇笏賞に価するが、それに加えて第一句集『嬰』より数えても四十五年の句業があり、
炎昼の馬に向いて梳る 『嬰』
折鶴をひらけばいちまいの朧 『蕣帖』
寒卵振ればちからのあるゆらぎ 『蘡』
など実に多くの佳句がある。全生涯の佳句の集積と俳諧性、未刊の八十句の新鮮さを合わせ、真に蛇笏賞に相応しい句集である。
「進化しつづける詩心」 宇多喜代子
澁谷道さんの長い俳句の来し方には、さまざまな時代の変遷があったが、道さんはどんな時の動きにさらされても揺れることなく、優雅泰然として自分の句を作りつづけてきた。
このたび出された『澁谷道俳句集成』は、そこのところを顕著に見せていてすがすがしい。ことに句集一冊分に該当する新作句群には、
鶏よりも風見鶏濃く秋を告ぐ
長老とよばれ春着の朱一條
虫の闇大黒柱孤独なり
母在せり青蚊帳といふ低き空
などがあり、いつに変わらぬ柔軟な詩心の息づきを伝えている。何歳になっても進化している、そう思わせるのだ。それも背後に揺るぎのない『嬰』から『蘡』までの歳月の蓄積があってのこと。
このたびの受賞で、静かにして志操強固な澁谷道の世界がより多くの人に伝わることを、心から嬉しく思う。
「感覚・知性・品格」 片山由美子
澁谷道さんの俳句は、初期から今日まで、確固たる美学によって貫かれている。鋭敏な感覚の持ち主であることは一目瞭然だが、ムードに陥らないのは、豊かな知性の裏打ちがあるからだろう。品格としなやかさ、そして毅然とした立ち姿を思わせる俳句である。
『澁谷道俳句集成』には、既刊十句集と句集未収録作品八十句が収められている。
風の藺草わけ入りがたき青炎(ほ)たつ
立待やほとけの千の手のそよぎ
息つぎの垂れてそだちし氷柱かな
雪しづか碁盤の黒の勝ちてあり
階段のうらがはを踏む冬の音
未刊句集の作品である。不思議さを秘めた魅力的な世界がひろがっている。
ここに至るまでの句集の質の高さが注目されたことはいうまでもない。そうした評価こそ、蛇笏賞にふさわしい。最新句集とそれまでの全業績に対してという、当初の受賞方針に立ち返った選考結果であった。
軽さや通俗がもてはやされがちな時代に、澁谷さんの存在はきわめて貴重である。