蛇笏賞・迢空賞

第56回 受賞のことば・選評公開
  • 2022.06.24更新
    第56回「蛇笏賞」「迢空賞」 受賞のことば・選評公開
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受賞のことば・選評

第55回迢空賞受賞
『未来のサイズ』(角川文化振興財団刊)
俵 万智
【受賞者略歴】
俵 万智(たわら まち)
1962年、大阪生まれ。早稲田大学文学部卒業。在学中に佐佐木幸綱に出会い、作歌を始める。卒業後、神奈川の県立高校で四年間国語科教諭を務めた。1986年「八月の朝」で角川短歌賞、1988年『サラダ記念日』で現代歌人協会賞受賞。歌集に『チョコレート革命』、『プーさんの鼻』(若山牧水賞)、『オレがマリオ』など。2021年『未来のサイズ』は、詩歌文学館賞も受賞。読売歌壇選者。

受賞のことば

俵 万智

 受賞の電話をいただいたとき、三十数年前の角川短歌賞のことがオーバーラップした。季節が同じだったからかもしれない。当時は六月号の発表だった。若かった私は、電話を貰ったその足で「心の花」の先輩宅を奇襲し、飲みちらかした。受賞第一作の連作タイトルが「サラダ記念日」だった。
 その後、歌集がミリオンセラーになるという幸運に恵まれたが、歌壇でイロモノ扱いされることもなく、大先輩たちは、あたたかく公平な目で見守ってくれた。そして今回、ホンモノとしてこんなに大きな賞まで与えていただき、心から感謝している。
『未来のサイズ』は、子育てや地方暮らしから得た社会的な視点を、どう自分の文体で詠むかが、一つの課題だった。ずっと大事にしてきた日常への愛しさは、コロナ禍を経るなかで、より確かなものになったと思う。この歌集を作る、届ける、読む、選ぶ……関わってくださった全ての人に、ありがとうございます。
 大好きな短歌に、少しでも豊かなものを付け加えられるよう、前を向いていきたい。

選評(敬称略/50音順)

「俵万智の新局面」 佐佐木幸綱

 昨年はスカイプを使っての選考会でしたが、今年は馬場、高野、佐佐木の三人が集まり、永田委員は画面で参加しての選考会になりました。候補歌集は五冊。各委員がそれぞれ歌集について作品を引用しながら発言。二時間以上にわたる選考の結果、俵万智歌集『未来のサイズ』が、これまでになかった新しい題材をうたい、新局面を開いた歌集として受賞作に決定しました。
 俵万智の歌集は従来から、着想力、連想力、跳躍力、挑発力がすぐれており、その点は本歌集でもあいかわらずの力を見せていますが、次の四点で新局面を開いていると私は読みました。①コロナ関係の歌・リモートワークの歌。②石垣島・島民としての生活の歌。③小学生・中学生の息子の母としての歌。④流行語大賞選考委員などの体験を踏まえての批評的な歌。いずれもこれまでの歌集にはない、彼女には新しい題材です。どれもなかなかの作でした。
 ①トランプの絵札のように集まって我ら画面に密を楽しむ
 ②PAC3そこに見ながら新空港ダンスを踊る島民われは
  釣る泳ぐ登る飛びこむ  がじゅまるの木陰の子らの動詞豊かに
 ③制服は未来のサイズ入学のどの子もどの子も未来着ている
 ④クッキーのように焼かれている心みんな「いいね」に型抜きされて
  動詞から名詞になれば嘘くさし癒しとか気づきとか学びとか
 この他、柳宣宏『丈六』に注目。仏教を下地にして日常をうたった作、人生に対する独特の美意識をうたった作が印象に残りました。

 



「ぶれないで進化する人」 高野公彦

 俵万智さんはぶれない歌人である。物の見方がしっかりして安定感があり、また優れた表現力を持つ人である。口語歌人と言われつつ、時にさりげなく文語系の言葉遣いを援用する巧みな表現者だ。
 歌集『未来のサイズ』は2013年から2020年の作品を収めており、この間(かん)俵さんは数年住んだ石垣島から宮崎市に移住している。
  沖に出て小さきカヌーとなりながら手を振るものを若者と呼ぶ
  ティラノサウルスの子どもみたいなゴーヤーがご近所さんの畑から来る
  島に来て島の子となり卒業す さよなら崎枝小中学校
 石垣島での作は明るい陽光を帯び、南島の風土をリアルに感じさせる。三首目は息子さんを詠んだ歌で、「小中学校」は島の人口減少を暗示するか。
  制服は未来のサイズ入学のどの子もどの子も未来着ている
  世界まだ知らぬ息子が暗記するアンデス山脈バチカン市国
  「短所」見て「長所」と思う「長所」見て「長所」と思う母というもの
 宮崎では母親としての歌が増え、いい歌が多い。中学生の息子を見守る眼差しが優しく、また同時に〈世間一般の母親〉に近づく自分と、それに抵抗する自分がせめぎ合う――そんなところが魅力的だ。
 最新の2020年の作品は、コロナ禍に関する歌が多く、《トランプの絵札のように集まって我ら画面に密を楽しむ》《「前向きな疎開」を検討するという人よ田舎は心が密だよ》など新鮮な角度で詠まれた歌が並び、この歌集の一つの特徴となっている。俵さんは、ぶれないで進化する人だ。



「いい転身」 永田和宏

 俵万智さんの『未来のサイズ』は、くっきりとした構成意識のもとで編まれた歌集である。第一部は最近のコロナ禍の諸側面を詠ったものであり、切り口の鮮やかな歌が多いが、私は、第二部の石垣島での生活と、第三部で宮崎へ移り、子と離れて暮らすようになった俵さんの歌をおもしろいと思った。
  右は雨、左は晴れの水平線、片(かた)降(ぶい)という語が島にある
  次に来るときは旅人 サトウキビ積み過ぎている車追い越す
 旅行者ではないけれど、島民にもなり切れない、ある種異邦者の感覚が、視線に生き生きとした弾力を与えている。短い滞在ではあったが、息子と一体の日々だったのだろう。離島の歌には感慨がある。
 宮崎へ移ると、息子を詠う視線に強い相対化の圧が加わるのは、単に年齢だけの問題ではなく、初めて経験する別居体験の故であろう。これが、俵さんの作品に大きな転機を与えたと私は思っている。
  呼び出しの電話の向こうの雑音を推理しており吾子が来るまで
  ふいうちでくる涙あり小学生下校の群れとすれ違うとき
 俵さんはいつか、子どもの歌は、料理しなくとも生のまま出せると言っていて、印象に残っている。そんな思いも、子との一体感からの離陸の故でもあろう。子どもたちに鶏を殺して肉にする現場を体験させ、「いただきます」の意味を教える一連も、親としての俵さんの確立を思わせてとてもいいが、何より次の歌は、どっしりと尻の重い母親像を見事に詠いきっている。いい転身をしつつある俵万智である。
  生き生きと息子は短歌詠んでおりたとえおかんが俵万智でも

 



「未来のサイズへの思い」 馬場あき子

「未来のサイズ」というタイトルは〈制服は未来のサイズ入学のどの子もどの子も未来着ている〉という歌から取られている。しだいに成長を早める中学生の制服に、未来という大きな希望がひそんでいることを、未知の不安を秘めながらみつめている。
 Ⅰの部には〈手伝ってくれる息子がいることの幸せ包む餃子の時間〉という母の姿や思いがみえるが、俵さんはこのあと息子を全寮制の中学に送りこむ。大きな決意と決断がいったことと思うが、Ⅲの部の作品をみると、その成功の様子が母の眼を通して生き生きと伝わる。集中最も魅力ある部分と思えた。教科として見学した鶏解体のなまなましさが、命をいただくことの本質であることを知るなど、とてもいい授業がされている。その他二、三あげてみる。
  相部屋の感想聞けば「鼻くそがほじれないんだ。鼻くそたまる」
  日に四度電話をかけてくる日あり息子の声を嗅ぐように聴く
  生き生きと息子は短歌詠んでおりたとえおかんが俵万智でも
「たとえおかんが」の歌をみつけた時、俵さんにやんわりとした曲り角がみえたようで楽しかった。息子は自分の歌を作る時、俵万智が母であることを考えていない。息子の母ではない俵万智の歌がここから生れていくのだろうか。
 もう一つ言い残したが、集中「未来を汚す」の題で、韓国の大型客船セウォル号沈没事件を細かに詠んだ一連がある。修学旅行中の高校生の多くが命を落したことに衝撃を受けたものと思うが、まさに他山の石。最後に置かれた一首に鋭い作者の眼を思う。
  シルエット海辺に浮かび原発は出航しない豪華客船


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