石川桂郎
蛇笏賞受賞の報らせをうけたが、私はなにかのまちがいではないかと思つていた。翌々日の読売新聞に受賞の記事が載つているのをみて、はじめて本当だと知つた。
退院後は九時か十時ごろ寝床に入る習慣がついてしまい、その夜遠い昔のことをふつと思い出していた。三田綱町に堀越接骨院があって、当時目黒競馬場の専属ということで多くの騎手が入院、通院していた。私がなんで通院していたか忘れたが、そこでオガタと呼ぶ騎手と知り合い、彼の病室でお茶をご馳走になつた。競馬のことをよく知らない私であるが、彼が大きな賞を受けたあとだつたのを聞き、優勝の喜びがどんなものかたずねた。オガタ騎手は「賞を貰うことはうれしい。が、そのたびに斤量がふえ、馬ばかりに荷を負わせるわけにはいかないので、自分も鉛の板を胴巻にまく。馬主や調教師、ファンの皆さんを考えるとこの次ぎも勝たねばならない、責任感は斤量よりももつと重くのしかかつて、ただ喜んでばかりはいられない」。そんな意味の言葉を聞かされたように思う。
蛇笏賞と競馬の賞を一緒にするわけではないが、「ただ喜んでばかりはいられない」という点では私も同じ気持である。
眠れないままに、バンザイ、カーネーション、トニー、かつて稼ぎまくつた三頭の優秀な馬の名が浮かんできたが、それは私の記憶ちがいかもしれない。オガタという名は新聞などに出てくる尾形厩舎の尾形さんだつたのであろうか。