福田蓼汀
受賞対象は「秋風挽歌」他とのことである。
もし息子がゐたら「よかつたね」と話しかけ記念に山へ出かけるかと地図をひろげて歓談したことであらう。もし健在だつたらこんなこともなく、人知れず体力の許す限り黙々と山を歩み続けてゐたであらう。
別に手引きをしたわけでもないが、次男だけが山のグループに加わり、いつの間にか体験と体力をつけて山男に生長し、頽齢の身ではついて行けなくなつた。何度か行を共にしたアルプスの最も楽しかつた山々が、今では最も悲しい憶ひ出につながる。受賞の喜びが大きければ大きい程悲しみが深い。山を愛する私にとつて、そこで息子を失ふほど悲惨なことはない。山行は私にとつて体当たりの人生であつた。厳しく美しい季節の摂理の最も純粋な造化と出会ふ詩心昇華の場でもあり、生の証の場でもあつた。俳句は無常観の詩であるとも言はれる。知識として理解しても、現実に遭遇すると、人間のいとなみの総てが虚しく、ただ無常迅速を痛感する。生涯の苦悩に直面し、呼んでも谺のない寂寥を自分の為に記しておきたかつた。
岳友達が黒部に花束を流し、ケルンを積んで山の歌を合唱してくれた。人知れず書きとめた文字を認めて、その愁を頒ち励まして下さつた方々にも岳人の心が通ふ。その感謝をどう表現してよいか言葉もない。あの崩壊の現地を踏んで霊に報告したいと思ふ。